第6話-③
心臓が悲鳴をあげ、息が上がる。呼吸も乱れたまま、ただひたすら階段を駆け降りる。
俺の腕の中には、今にも消えそうな命がある。
足を止めるな、走れ。今はただ走れ。
そうしてナースステーションのある階にたどり着く。
それと同時に――
「誰か!! 今すぐ来てくれ!!!」
大声で助けを呼んだ。
すぐに他の病室から「どうした?」「なんだ?」と患者さんたちが不思議そうに出てきた。
消灯時間はとうに過ぎている。邪魔をして悪い。でも今は……。
「誰でもいい!! 早く医者を!!! お姉さんがっ……アリアさんがっ!!!」
お姉さんが、助からなくなっちまう……。
誰か……! 早く……!!!
「なんだ! 一体なんの騒ぎだ!!」
その時、部屋から一人の医師が姿を見せる。
それに続いて、当直の看護師も数名駆けつけた。
「頼むっ!! この人を――」
俺はその医師の方を向く。その人は……。
「なっ、何故君がここに!? それに、アリアっ!!!」
偶然か、そこに居たのはお姉さんの父である黄崎先生だった。
「咳が止まらなくなって……そのまま血を吐いちまったんだ!!」
「なんだって!?」
黄崎先生は、急いでお姉さんの脈をはかる。
その顔は険しく、眉間にしわを寄せていた。
「脈はある……ストレッチャーを!」
近くの看護師に次々と指示を飛ばす。看護師たちも慌てることなく「はい!」と応じた。
ざわつき始める周りの人々。冷静にこなしていく看護師たち。
目の前で淡々と処置が進んでいくのに、俺は耐えきれず叫んでしまった。
「なぁ先生! お姉さんはなんとかなるんだよな!?」
「……今は最善を尽くすだけだ」
あまりにも濁された言葉に、納得なんてできなかった。
「最善って……なんだよ、そんなにまずいのかよお姉さんはっ!!」
「……今までは投薬で症状を抑えていたに過ぎない。だからもう、あの子の意思を尊重するだけだ。最低限の処置だけを行い、予定を早めて搬送する」
黄崎先生はうつむき、そう告げる。
このまま……行っちまうのか?
待ってくれ、お姉さんはもうっ……!
「きっ……聞いてくれ先生! お姉さんはもう、死ぬことを望んじゃいねえ!!」
「――なんだって……?」
ストレッチャーと呼ばれる車輪付きの担架に、看護師たちがお姉さんを乗せる。
俺はその横で黄崎先生に、お姉さんの思いを伝えた。
「あの人はずっと一人で苦しみながら答えを出して、今日まで生きてたんだ。でも俺に言ってくれたんだ。『生きてもいいの?』って!」
「そんな……ことを……?」
黄崎先生は眉をつり上げて、目を見開く。
その表情は、まるで「ありえない」と言っているようだった。
そして、ストレッチャーに乗っているお姉さんの顔をただ見つめていた。
「……アリア」
先生は、ストレッチャーの脇にあるパイプを握りしめている。
その手は、誰から見てもわかるほどに震えていた。
そりゃそうだ。本当か嘘かわからないことを言われて、納得できるはずがない。
黄崎先生だって、お姉さんと同じくらいに悩んで、苦しんできたんだ。
それを俺の一言でなんて、受け入れられるわけがねえ……。
……それでも、今の俺にはこうやって伝えることしかできねえんだ!!
「だから頼む! お姉さんの未来を守ってくださいっ!!」
俺は声を振り絞り、深く頭を下げる。
はたから見れば、なにを言ってるんだって話だろう。
「……アリア、の未来を……」
力強く、目を瞑る。
頼む……信じてくれ……!!
「……準備はできました。先生」
近くの看護師が、黄崎先生に告げる。
気づけば看護師たちは、お姉さんの移動準備を終えていた。
もう、駄目……か……。
「そうか、なら――」
そして。
「オペの準備を! 全責任は私が取る。今すぐ準備をしてくれ!!!」
黄崎先生は看護師たちに、指示を飛ばした。
「はっ……はい!!」
急いで顔をあげると、看護師たちは驚きを隠せずにいた。
その指示に、俺自身も驚いている。
そして看護師たちは、すぐに行動を始めていた。
「せっ、先生……?」
俺は、黄崎先生へ顔を向ける。
その判断を下した先生は、曇りのない瞳をしていた。
「……娘から聞いた話が本当なら、君にはなにかを変えてくれる可能性がある……と、そう思った」
「それって……」
「医者としても、父親としても失格だ。ならせめて、娘が信じた人を、私も信じてみようと思っただけだ」
そして黄崎先生は、ストレッチャーに乗せられたお姉さんと共に移動を始める。
「後は任せてほしい。アリアを、娘を、絶対に助ける」
そう言い残し、看護師たちと共に治療室へ駆け出した。
足音と車輪の音が遠ざかる。
あとは、俺には待つことしかできない。
「お姉さん……っ!!」
黄崎先生にも、届いたんだ。俺の気持ちが。お姉さんの気持ちが……!
ここまで想いが繋がってきたんだ。こんなところで途切れるなんて、あってたまるか。
約束だってしたんだ。だから頼む。
お姉さんと……アリアさんと……。
一緒に未来を、歩ませてくれ――
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