表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/21

第7話-①


「んっ……」


 いつの間にか、眠ってしまっていたのだろうか。

 目を閉じたまま、意識だけが先に浮かび上がる。


 体が横たわっている感覚はない。

 なにか椅子のようなものに、腰をかけていることはわかった。


 だがおかしい。私はさっきまでタイヨウ君と一緒に、屋上に居たはずだった。

 そして咳が止まらなくなって、血を吐いちゃって……。

 覚えているのは、そこまでだった。


 それなのに、なぜか波の音が聞こえる。

 ざざぁん、と近くで、遠くで、繰り返し響く音。


 この近くに、海でもあるのだろうか。

 いやそんなわけはない。病院の近くに、海なんてないのだから。


 なら、ここは一体どこなんだろう。

 私は、ゆっくりと目を開けた。


「……なっ、なんなのだね、ここは」


 その光景に、自分の目を疑う。

 屋上庭園はどこにいったのか。タイヨウ君はどこにいったのか。

 困惑する私の目の前には、二車線の道路がまっすぐに延びていた。


 私は立ち上がって、その道路に出て辺りを見回す。

 それは右も左にも、ずーっと果てしなく続いているようだった。


 それと、先ほどから聞こえる波の音。

 いったい、どこから聞こえてくるのだろう。

 音がするのは後ろの方からだった。

 私はゆっくりと振り返る。そこには――


「……綺麗なのだよ」


 目一杯に広がる澄み渡った空と、ゆらゆらと気ままに揺れる海が見えた。

 入院生活が始まってから外出なんてできなかった私にとって、この景色はとても眩しかった。

 時間を気にしないのなら、いつまでも眺めていられるだろう。

 そう思ってしまうくらいに。


 そして、一つ気づく。私がさっき目覚めた場所についてだ。


「これは……バス停……なのだね?」


 こんな広大な景色に、ぽつんと佇む屋根付きのベンチ。

 どうやら私は、ここで目を覚ましたらしい。


 そして近くにはこのバス停の時刻表も立てられていた。

 ひとまずバスはやって来るのだろうか、試しに読んでみようとする。


 けど――


「……なんて書いてあるのか、全く読めないのだよ」


 別に文字が削れて読めないとか、汚れていて読めないとかじゃない。

 ちゃんと文字が書かれているのに、それを読み取ることができないのだ。

 自分でもなにを言っているかわからない。

 こんな不思議な感覚は初めてだった。


 それに、もう一つ気になることがあった。

 先ほどから波の音は、ずっと綺麗に聞こえている。


 だけど、それ以外の音はなにも聞こえてこなかった。


 海であるのならば鳥さんがいて、その鳴き声が聞こえてきてもおかしくはない。

 それにここがバス停なのであれば、このバスを待つ人や、他からやってくる人も居るだろう。


 でも、全く気配というものを感じられない。

 冷静に考えると、不気味とでも言えばいいのだろうか。

 まるでここには、私一人しか存在していないかのような。

 いや……私すら、本当に存在しているのかわからなくなってくるほどだった。


 私は、ベンチに戻って腰をかける。


 この果てしなく続く道路と、空と海。

 ……おそらく私は、ここからどこへも行けないのだろう。

 ちっぽけな私一人じゃ、どうしようもないだろう。諦めるには十分すぎた。

 仕方ない。いつくるかもわからないバスを待ってみよう。


 寄せては返す波の音を聞きながら、私はただひたすらに待ち続けた。

 ……綺麗な海なら、タイヨウ君と来たかったな。

 そんな、もう叶わない願いが頭をよぎって、それをかき消すようにぶんぶんと頭を振る。


 そして、しばらく経った頃。地響きのような音が聞こえてくる。

 初めて、波以外の音がした。


「……おっ?」


 タイヤが地面を擦る音と、低く唸るエンジン音。

 私はベンチから飛び上がり、道路の方を見た。


 すると遠くから青色のバスが走ってきた。

 きりっとした目つきをしているのに、どこか丸っこくて可愛さを感じてしまう。

 まさか……本当にやってくるとは思わなかった。


 そのバスは徐々に速度を落とし、私の居るバス停に停車した。

 そしてビーッという無機質なブザー音と同時に、ゆっくりと扉が開く。


 ……なんとなくだけど、これは全ての終わりの合図だと思った。


 これに乗れば、ここから去れる。

 これに乗れば、“楽になれる”。


 私は、開かれた扉に向かって一歩を踏み出す。

 だが……バスの中から小さい足音が聞こえてきた。

 そして――


「あっ、ごめんなさいなのです……前を見ていなくて」


 目の前に現れた乗客と、危うくぶつかりそうになった。

 こんな周りになにもない場所で、まさか降りる人がいるなんて思わなかったからだ。


「いえいえ……私もごめんなさいなのだよ。じゃあ、これで――」


 その人に軽く頭を下げた私は、バスに乗り込むつもりだった。

 でも、通りすがりに乗客の顔が見えた時……私の足は動かなくなってしまった。


「っ……なっ……」


 目が乾くほど、まばたきを忘れてしまう。小さく開いた口が、しだいに大きく広がる。


 気が付くとバスが再びブザーを鳴らし、扉を閉めて出発してしまった。

 ……だが、今はそんなことはどうでもよかった。


「……そんなに見つめられたら恥ずかしいのですよ?」


「う、うそだ。だって……」


 ゆっくりと穏やかな、優しい声。

 その人の髪は私と同じ金色で、吹き抜ける風が長髪をなびかせる。


 私を見つめる瞳は、心を豊かにしてくれる翡翠色で、私と同じ瞳の色をしている。

 膝丈の純白なワンピースを身にまとうその人は、静かに口を開く。


「大きくなったのですね……アリア」


 その口からは、私の名前が。


 さっきまで心地よかった波の音が、急にひどくうるさく感じた。

 体に響いてくる心臓の音も、今は止めてしまいたいくらいだった。


 もう二度と、聞けるはずがないと思っていた声が……聞こえたのだから。

 もう二度と、呼んでもらえないはずの私の名前を……呼んでくれたのだから。


 だって、この人は――


「おかあ……さん……?」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけますと嬉しいです。


また、【ブックマーク】や【感想】、【イチオシレビュー】、【リアクション】なども、私にとって大きな励みになります。


これからも作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ