第5話-③
飽きるほど見慣れた病室の窓から、空を眺めていた。
先程までの強い雨は止み、雨雲は徐々に消えていく。
明日には、父に用意させた施設へ旅立つ。幸先がいいな、なんて苦しく笑う。
荷造りなども終わり、あとは時間が過ぎるのを待つばかりだった。
とはいえ荷物らしい荷物はなく、小さめのキャリーケースに収まるぐらいのものしかない。
少しの着替えと、死ぬまでに読みたい本。
お菓子やジュースとかは、向こうで買えば良いだろう。
後は、特になにもなかった。
――と、思ったけど。
「……もうそろそろ枯れちゃいそうなのだね。この子は」
私は窓際に置いてある花瓶を、指でなぞる。
それはタイヨウ君が持ってきてくれた、優しくてあったかいお花。黄色のアルストロメリア。
……あれからかなり時間も経っていた。最初のみずみずしさはなく、萎れ始めている。
お花も生きている。こうして枯れていくのも運命で、仕方ないことだ。
この子は、一緒には連れて行けない。
タイヨウ君は、この花を私みたいなんて言ってくれたけど、まさにその通りなのだよ。
いつかこうやって枯れていく。
いつかこうやって死んでいく。
私はただ、それが少し早かっただけの話。
だから私は受け入れた。
謳歌できたはずの青春も、作れたはずの友達も、楽しい思い出も、大好きだった母も、全部この病に奪われた。
手術をして、生き続けて、その先になにがあるのか。
答えは簡単。なにもない。
そんな希望のない世界を、私は生きれない。そんな覚悟は持ち合わせてない。
だから……死を受け入れる選択をしたのに。それなのに。
『だから、受け取っちゃくれねぇかな。俺は……お姉さんの笑顔が見てぇから』
私の前に現れてしまった人。私を照らしてしまった人。
眩しくて、優しくて、たまに暴走気味なのがキズだけど。
君のせいで、私の選択が揺らいでしまいそうだった。
もし君がずっと私のそばにいてくれたら……なんて、願っていいものではない。
ただ偶然、私と出会っただけの男の子だった。それだけだ。
でも、そんなことで頭を悩ませることはもうない。あれだけ拒絶したのだから、もう会うこともないはず。
良かったんだこれで。
これで……。
「ぁ……あれっ」
急に視界が揺れる。
頬を伝うそれが、とめどなく溢れる。
なんで、どうして。
もう未練はないはずなのに。涙が、止まらない。
止まって、お願い。
明日になったら全てとお別れできるんだから。
辛いのは今だけなんだから。
なのに……なんで止まってくれないの。
私の声だけが、病室に響く。
君のいない病室が、とても広く感じる。
いつの間に、こんな心が弱くなってしまったのか。
いくら拭っても止まってくれない。まだなにか心残りがあるというの。
なら……最後に、あそこに行こう。
私は父に無理を言って作ってもらった、屋上の合鍵を取り出す。
あの屋上庭園から見る空と、咲き誇る花々が好きだった。
そこで、心を落ち着かせよう。
***
時刻はとうに消灯時間を過ぎていた。
私は看護師の目を盗んで、屋上庭園までやってくる。
何年も入院していれば、看護師の巡回するタイミングも把握できてしまっていた。
いけないことなのはわかってる。でも、今日のこれで最後だから、バレても大目に見てほしいのだよ。
夜空がよく見える中央のベンチに座る。
そういえばあの日も、夜の屋上庭園だったな。
……あの時も、我慢できなくなっちゃって泣いてたんだっけ。
ただ過ぎていく時間に、なにもない現実に、時間切れまでの退屈な日々に。
思えば最初から決めていたのに、泣いてばっかりだ。……お母さん、結局私の泣き虫は治らなかったのだよ。
綺麗に広がる星空を見上げる。
私は、あの日の子がタイヨウ君だとわかっていた。
泣いてる所を見られるとは思っていなかったけど、薄暗かったからバレていないだろう。
そしてまさか、その子と相部屋になるなんて思わなかった。
最初は本当に、転院するまでの暇つぶしぐらいに思ってたのに、いつの間にかタイヨウ君の眩しさにやられちゃってたみたい。
近づきすぎたら火傷するのは、わかっていたのに。それでも、近づいた私がいけなかった。
でも、もうその眩しさを見ることはない。
後はこの景色を、胸に刻み込んでおこう。
夜風が頬を撫でる。気持ちのいい風だ。
……もう、充分かな。
ここを出たら、全てが終わる。
私はゆっくりと腰を上げ、一歩を踏み出そうとした――
「お姉さんっ!!!」
その時、聞こえるはずのない声がした。
幻聴だと思い、私はゆっくりそちらを見る。
声は、扉の方からだった。そしてそこには……人影があった。
ありえない。ここにいるはずがない。
あんなに拒絶したのに、あんなに否定したのに。
なんで……来ちゃったの。
「タイヨウ……君」
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