第6話-①
病院へ向かう途中、公衆トイレに駆け込んだ俺は、濡れたスーツから制服へ着替えた。
やっぱり、着慣れた服の方が変に気負わずに済むかもしれねえ。
とはいえ、このスーツには短い間だったが感謝するぜ。ありがとう。
髪を整えてる時間はねえ。俺は、再び走り出す。
ただ、時間的には病院の消灯時間を過ぎてしまいそうだ。
なんとか間に合え……早くしないと!!
***
「はぁ……はぁ……くそッ!!」
息を切らしながら病院にたどり着く。
だが、その時にはもう遅かった。
病院の照明は最低限まで落とされ、すでに消灯時間を迎えていた。
今日が無理なら明日か? いや、朝一番に出て行かれたらどうしようもねえ。
俺はわずかな可能性にかけて、病院の入り口に向かう。
「おや、こんな時間にどうされましたか? 今日はもう消灯時間ですよ」
――だが、入り口には守衛が一人立っていた。
「すんません! 頼みがあるんだ!! 説明してる時間もないし、訳わかんないこと言ってるかもしれないけど……ここを通してくれませんか!? 会わなきゃいけない人が居るんです!!」
俺は深々と頭を下げる。
自分でも、無茶なこと言ってるのはわかってる。
でも今はこうするしかねえんだ。
「おやおや、困ったのう……申し訳ないのですが、明日またお越しいただければ……」
「それじゃ間に合わないんです!! あの人が、俺の大切な人が居なくなっちまうんだ!!」
「と言われましても……おや?」
その守衛は顎に手を当てて、俺の顔をじっくりと見つめてきた。
「君……いつぞやの、花を欲しがった若いのかい?」
「えっ……?」
守衛のその言葉に、俺は眉をひそめた。
なんで、そのことを知っている……? その話を知っているのはお姉さんと、トオルだけのはずだ……。
俺は、必死に記憶をたぐり寄せる。
心当たりといえば……。
『こらこら、なにをしているのだい若いの』
……そうだ。
「あんた……庭園の管理をやってた人か!?」
初めてお姉さんと病室で顔を合わせたあの日。
お姉さんのために、と花を譲ってもらったあの時の人だ。
たしかあの時は麦わら帽子に、軍手を付けていたような……。
それと比べて今はかっちりとしたスーツに、固い雰囲気のある帽子をかぶっている。
だからすぐにわからなかったわけだ。
「おお、そうじゃよ。かけもちで仕事をしててのう。それより君は無事退院できたみたいでよかったねぇ」
「ええ。今日ようやく……って、今はそれどころじゃなくて!」
そうだ。そんな世間話をしている時間はねえ!
「頼むおじさん! あとでいくらでも怒られていい!! 俺を病院のなかに……!」
「……もしかして、その大切な人ってアリアちゃんのことかい?」
予想もしなかった名前に、俺は目を見開いた。
「なっ……お姉さんを知ってるんですか!?」
「おお、当たっておったか。とはいえあの子とは挨拶をかわすぐらいじゃったがな」
そして守衛は嬉しそうに「ほっほっほ」笑いながらこう言った。
「そういえば、あの子は変わったのう。わしは少し嬉しいぞい」
「お姉さんが……変わった?」
「そうじゃよ。入院してきた頃のあの子は、ずぅーと暗い顔をしていてね。最初は挨拶をしても、返事すらなかったんじゃよ」
それは、俺の知らないお姉さんの昔話だった。
「どんな病気かもわからないし、踏み込むわけにもいかなくてね。だから心の中で見守ることしかできなかった。でも、そんなあの子がとても元気になり始めてのう。君が入院してきてからじゃったかな」
「……俺が?」
「そうじゃよ。病院でも君と一緒に居る時間も増えて、あの子は昔とは比べ物にならないくらい明るくなって、笑顔も増えたんだ。間違いなく、君のおかげだろうね」
そう……だったのか。
守衛の話を聞き、少しだけ救われた気がした。
「じゃが今は、あの子となにかあったってことだね?」
「……そうなんだ。だから俺……っ!!」
「うん、わかった。ほら、これ」
そう言って渡してきたのは、病院を出入りできる通行証だった。
「なっ!? でもそんなことしたら、あなたは……」
「まあそうじゃのう……じゃあ、こうしよう」
すると守衛は、いたずらっぽく笑う。
「今日退院したばかりの君は、この病院に大事な忘れ物をしてしまった。だから、それを取りに来た。いいね?」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
けどすぐに、それが守衛さんの助け舟だと気づいて、胸が熱くなる。
「……はいっ!!!」
守衛さんに感謝した。
くれたこのチャンス、無駄にしてたまるか。
俺は、一目散にお姉さんの病室へ向かった。
「はぁ……っ、嘘だろ……」
だが、たどり着いた病室には誰も居なかった。
とはいえ扉の近くの名札にも、まだお姉さんの名前がある。ここは間違いなくお姉さんの病室だ。
まさか、予定より早く出ていってしまったのか……?
焦る気持ちのまま、病室を見回す。
確かに部屋は片付いてはいる。けれど、ベッドにはさっきまで腰をかけたような跡があって、完全に整理はされていないようだった。
それにベッドのそばには小さめのキャリーケースが一つ置いてある。
ということは、これはお姉さんの荷物か?
なら、まだこの病院に居る可能性があるんじゃないか。
ふと、窓から月明かりが差し込んだ。
すると、窓際に飾っている花瓶が照らされる。
「これって……」
それは、俺が最初に渡したあの黄色い花だった。
あれからかなり時間が経っていたからか、もう萎れてしまっている。
でもこんなになるまで、大事に飾っていてくれたんだな。
ありがとう、お姉さん。
俺は静かに扉を閉める。早く次の目星をつけて、探しにいかねえと……。
だが、どうしたらいい。もし看護師や、親父である黄崎先生と一緒に居たら、どうしようもない。
どうする、どうすれば……。
『――……っ』
遠くのほうで、なにかが聞こえた気がした。
どこかで聞いたことあるような……。
俺は、耳を澄ます。
『――……ぐすっ』
今度は確かに聞こえた。
そうか、この声は……。
俺は心の底から安堵した。
なら、向かう場所は一つだ。
全てが始まった、あの場所へ。
階段を昇り、上へ上へと向かう。
そして辿り着いた屋上への扉。
鍵は……開いていた。
なら、その先に居るんだね。
大きく深呼吸をする。
伝えることは決まっている。
覚悟を決めて、扉を開けた。
さっきまで雨が降っていたとは思えないほど、雲ひとつない夜空だった。
月明かりが、屋上庭園を照らしている。
そして、その中央のベンチにその人は居た。
あの時と同じように、月明かりに照らされた金色の髪が綺麗に揺れている。
今度は、その顔もしっかり見えていた。
よし、行こう。
「お姉さんっ!!!」
必ず声が届くように、俺は叫んだ。
それに驚いたのか、その人は俺の方を向く。
そしてか細い声で、こう呟いた。
「タイヨウ……君」
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