第4話-①
あれから数週間が経った。
ことあるごとにお姉さんにからかわれたり、イタズラされたりして、退屈とは無縁の入院生活を過ごしてきた。
俺の体も順調に回復していって、怪我もすっかりよくなった。
そして、そんな楽しかった時間も今日で終わりを迎える。
「なーんか、あっという間だったのだね」
「そう……すね」
いつもの病室。けれど今日の俺は患者衣を返して、私服に着替えている。
俺のベッド“だった”場所は綺麗に整えられ、手荷物をまとめていた。
そう、あの事故の怪我も治って、今日は晴れて退院の日を迎えたんだ。
迎えた……はずなのに、ちっとも嬉しくないのはなんでだろうな。
「あーあ、君が居なくなったらウルトラお暇になっちゃうのだよ〜」
お姉さんは駄々をこねる子供みたいに、ベッドの上で足をばたつかせる。
もう、この光景も見られねえんだな。
……俺だって、お姉さんの側を離れたくない。なんて言ったら、めちゃくちゃイジられるから黙っておこう。
「確かに今日でサヨナラしちまうけど、今度はお見舞いって形でお姉さんに会いに来るからさ!」
「うーん……なら絶対に美味しいお菓子をたくさん持ってくるのだよ! じゃなきゃ出禁なのだよっ」
「そこまですることなのかよ!」
「あははっ!!」
ああ、こんな他愛のない会話もしばらくはできなくなるのか。こりゃ相当きつい。
気がつくと、ズボンを握りしめていた。
俺、どんだけこの人を好きになっちまってんだろうな。
結局、入院中に気持ちは伝えられなかったのだ。
だから、今日こそ決めてやるんだ。
「じゃあ、お姉さん。俺そろそろいくよ」
「うん、学校頑張ってね。応援しているのだよっ」
「お姉さんも、ゆっくり体を治してくれよな。退院したらこの前のデートの約束を果たすから!」
「……わかった。楽しみにしてる」
お姉さんは静かに微笑んだ。
言葉を交わして、病室の扉を開く。
いつまでもここに留まりたい気持ちを押し込んで、扉の外へ一歩踏み出す。
振り返ると、お姉さんは手を振って送り出してくれた。
俺も手を振り返し、ゆっくり扉を閉めた。
そのあと受付で手続きなど済ませた俺は、病院の外へ出る。
「……ありがとうございました」
俺は病院に向かって、一礼をした。
ずいぶんと世話になっちまったな、ここには。
頭を上げて、ふと屋上を見る。
俺の恋が始まった場所。全ての始まりの場所だ。
そして今こそ、決着をつける時。
――今日こそ俺は、お姉さんへ告白する。
***
俺は、その日の昼過ぎから学校に行った。
クラスメイトには心配の声をかけられ、俺もそれとなく言葉を返す。
大勢に囲まれるのも久しぶりだな……と思ったけど、看護師と医師に囲まれて詰め寄られたあの日が頭をよぎった。
あれはマジで怖かった。考えるのをやめよう。
そこからクラスメイトに「入院はどうだった?」とか「綺麗な看護師はいたか?」とか色々聞かれたけど、適当に乗り切った。
……まさか入院中に年上のお姉さんを好きになったなんて言っちまったら、それこそからかわれちまうからな。
あっという間に放課後になり、俺はトオルを人気のない教室へ呼び出した。
実は、トオルに一つ頼みごとをしていたのだ。
それは――
「タ……タイヨウ。本当にその格好でいいのか……?」
「おうよ! やっぱこれにして正解だ!! 鏡を見てもカッコよく決まってるじゃねえか!」
それは……お姉さんに告白するために、真っ白なスーツを用意してもらったことだ。
もちろん金は渡してある。
かなりお高くて懐が痛いが、気持ちを伝えるならそれなりの格好をしなくっちゃな。
「いや、お前がいいならいいんだが……それで、本当にあのお姉さんに告白するというのか?」
「ああそうだ。そのために、これも用意した!!」
トオルの前に差し出したのは、用意してきた花束。
それも前に、お姉さんが気に入ってくれた黄色い花だ。
「ほう、黄色いアルストロメリアか。ちょうどいいな」
「アル……なんだって?」
「アルストロメリアだ。ってタイヨウ、まさか花の名前も知らずに買ったのか?」
「え? ああっ、綺麗だなって思って、それで……」
「はぁ……お前という奴は」
トオルは手で顔を覆い、ため息をつく。
なんだなんだ? 俺は花なんてよくわかんねえぞ。
「お前らしいというかなんというか……だが、それを渡したらお姉さん喜ぶと思うぞ」
「あ、ああ! そうなんだよ。前にも1本渡したらすげー喜んでくれたんだ!!」
「……そんなことがあったのか。なら一つ良いことを教える」
トオルはメガネをクイっとあげ、含みのある笑みを浮かべた。
「良いことって、なんだそりゃ」
「いいか、花には花言葉ってものがある。もちろんその黄色いアルストロメリアにもな」
「……ほーう? そんで?」
あまりピンとはきてなかった。
でも花言葉ってのはどっかで聞いたことはある。
あれだろ、花になんか意味があるってやつ。
「それの花言葉は“希望”だ。お前のことだから回りくどいのは苦手だろうし、気持ちは真正面から伝えるほうがいいだろう」
希望か。まさに今のお姉さんにピッタリの言葉じゃねえか。
トオルに言われるまで花言葉なんてこれっぽっちも知らなかったが、こんな偶然もあるとはな。
「なら、決めたぜ。お姉さんへの言葉」
「……そうか、なら行ってこい!」
トオルが手のひらで、俺の背中をバシッと叩く。
「おう! 行ってくるぜ!!」
俺はトオルに手を振って、その教室を後にした。
廊下を走り抜ける最中、真っ白なスーツ姿の俺を面白がるクラスメイトや、呼び止めようとする教師がいたが全てスルーした。
今は構ってらんねえからな。
そして、下駄箱で靴を履いて走り出す。
目指すはお姉さんのいる病院。まだ面会時間には余裕がある。
待っててくれお姉さん。俺の全身全霊を持って伝えるからよ。
俺がお姉さんの希望になってやる。大好きだ。って……。
「なーんて、さすがに小っ恥ずかしいかもな。がははっ――あだっ!!」
一人でブツクサ言っていたら電柱にぶつかった。なんて古典的なことをしているのだ俺は。
「いでで……とりあえずスーツは汚れてないからよし!!」
改めて病院へ向かおうとした時、偶然空を見上げる。
……なんだか薄暗い雲が多い。んだよ人が告白しようって時に幸先悪いな。
「いやいや、悪いことは考えねえ! 待ってろお姉さん!!」
俺はでかい声で意気込み、そして再び走り出した。
***
目の前に見える『華原大学附属病院』と書かれたでけえ看板。
電車を乗り換えて、ようやくたどり着く。
さぁ、決着をつける時が来た。
面会手続きを済ませ、通い慣れた足取りでお姉さんの病室へ向かう。
一歩一歩進むたび、だんだんと心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
周りの人の声も、今は俺の耳に入ってこない。それに口の中がからっからになっている。
要するに、めちゃくちゃ緊張してるってことだ。
あれだけトオルの前で意気込んで来たのに、この病院に入った途端ドキドキが止まらねえ。
そりゃそうだ。俺にとって恋だの、好きな人だのって、無縁の生活を送ってたのに、お姉さんに出会っちまったんだもんな。
こんな言葉使うのは俺らしくないが、運命の人ってのはどうやらいるらしい。
そんなことをぐるぐる考えていたら、あっという間にお姉さんの病室にたどり着く。
入り口のネームプレートには『黄崎アリア』とだけ書かれていて、改めて俺は退院してしまったのだと実感する。……少しだけ寂しいな。
俺は扉に手をかける。が、手が震えて開けない。
もしお姉さんにフラれたら? 今までの関係が壊れてしまったら?
この土壇場になって色んな考えが頭を埋め尽くす。ただでさえ考えるのは苦手なのに、こんなことでいっぱいいっぱいになるなんて。
それでも、決めたんだ。俺がお姉さんの希望になってやるんだって。お姉さんが好きなんだって。真正面から気持ちをぶつけるんだって。
だからビビるな。止まるな。俺を信じて行くんだ……!!
深呼吸をし、下っ腹に力を入れる。
改めて扉を開けようとした。
その時。
「……では今後についてだが……」
「……ええ、はい……」
いつものお姉さんの声と、それとは別の聞き慣れない声が病室から聞こえた。
その声で我に帰った俺は、扉から手を離す。
お姉さんと……もう一人は誰だ?
もしかしたら病院の先生かなにかと話をしてんのだろうか。
それなら、今はやめといた方がいいか。
多分入院での大切な話だろうから、ちょっと時間置いてから――
「希望通り、明日には転院できるよう手配は済ませている。だが本当に……」
「いいの。以前からその話はしているでしょう?」
「……あくまでも、選択は変わらないというのだな」
時が止まったかのように、全身が動かなくなる。
――明日?
……は? なんだ。一体なんの話をしているんだ。
転院? 明日? そんな話、一度もお姉さんから聞いたことねえぞ。
「ええ、変わりはないですよ」
中の二人は、どんどん話を続ける。
俺の気持ちなんて構わずに。
「……ですが、最後に挨拶だけはしたかったな」
「それは……誰にだ?」
「私に……私なんかに友達になって欲しいって言ってくれた、あったかくて優しい人がいたんです。でも、その人に会ったら行きたくなくなっちゃうかもだから……」
「それが、お前の意思なのであれば……」
なにを言ってるんだ。最後ってなんだよ。
嫌な汗が、額から頬に伝う。
そして。
「――ええ、手術はしません。転院先で最期を迎えます」
その言葉が聞こえた瞬間、俺は壊れんばかりの勢いで扉を開けた。
それに驚いたのか、病室の二人は目を丸くして俺を見ていた。
「だっ、誰だね君は! 今は回診中だ、出て行きなさ――」
「最期ってなんだよ!!」
俺は白衣を着た医師の胸ぐらを勢いよく掴んだ。
手にしていた花束は床に落ちて、花びらが舞う。
「ぐっ、手を離しなさい!!」
「お姉さんは手術すれば治るんだろ!? なんでやらないんだ!! なに訳わかんないこと言ってんだよ!!」
頭の中は真っ白だった。
今は思いつくまま、医師へ言葉をぶつけることしかできない。
「……それはっ」
医師は言葉を詰まらせる。……ふざけんなよ。
「黙っててもなんもわかんねえよ!! なんとか言ったら――」
「タイヨウ君!!!」
その大きな声が俺を止めた。
聞き慣れてる声なのに、まるで別人みたいな声。
俺はゆっくりと、その声がした方へ振り向く。
「……お姉……さん」
手の力が抜けていく。
俺は握りしめていた白衣を離した。
「がはっ……なんなのだね君は!! 今すぐここから出て――」
「その子なのだよ、先生」
お姉さんはいつもの優しい声色に戻っていた。
「なんだと……」
医師は眉を寄せて、俺を見る。
そしてお姉さんは軽く息を吸った。
「私の大切で、大好きで、たった一人のお友達。赤井……タイヨウ君なのだよ」
少しだけ困ったように笑って、そう告げる。
それはまるで子供に読み聞かせるような、優しい声だった。
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