第3話-④
患者衣と床に飛び散った、トマトジュース。
布が肌にべたべたと張り付いてきて、気持ち悪い。
タイヨウ君は着替えを持ってくると言い、私の呼びかけも聞かず走り去ってしまった。
どうしたものかと考えていたが、それより口元にまとわりつくべたべたが鬱陶しい。
それを取り除くために、病室にある備え付けの洗面台へ向かった。
蛇口を捻り、水を一口含む。そして何度か口をゆすいだ。
その後、タオルで綺麗に拭き取り、顔まわりはなんとか綺麗になった。
顔を上げると、鏡に映る自分と目が合う。
どうして私は、タイヨウ君に「好きになってしまいそう」なんて言ってしまったんだろうか。
……いや、答えなんてわかってる。
あの子の眩しい心に、やられてしまったんだ。
それとタイヨウ君のさっきの行動。おそらく私に、本気で告白をしたかったのだろう。
なんとか“トマトジュースで誤魔化せた”からよかったものの、こんな年上を狙うなんてね。まったくイケナイ子なのだよ。
それも、私が焚きつけてしまったのがいけないのだがね。
そんなことを考えていたら、体の底から急になにかが込み上げてきた。
「ごほっ……ぐっぅ、げほっ!」
破裂音のような痛々しい咳。徐々に頭から血の気が引いていき、全身から力が抜けて膝から崩れ落ちた。
洗面台に置かれていた石鹸や歯ブラシなどを巻き込んでしまい、それらが床に散らばってしまう。
私はなんとか洗面台に食らいつくようにしがみつけたが、喉が焼き切れそうな咳は止まらなかった。
いつ止まってくれるのだろう。私がなにか悪いことをでもしたのだろうか。
そんな考えが、頭の中をぐるぐる回る。
額から滴る嫌な汗。床に滴って、広がっていく。
それを拭う事もできず、ただこれがおさまるのを待つしかない。
「……はぁ、うぐ……ぁぁ……」
肩で呼吸をする。心臓の鼓動が体に響く。
依然として喉を掻き切ってしまいたいくらい痛かったが、それでもなんとか止まった。
そして私は、洗面台に目を落とす。
「……ははっ」
鼻を塞ぎたくなるほどに漂う鉄の匂い。目の前に広がるのは、先程のとは比べ物にならない深い紅の色。
もう幾度も見てきた、血の色だ。
「そっか……そろそろ、なのだね」
こうなることはわかっていた。最初から受け入れていた。
だから私は“希望”を捨てていた。
なのに。
私は、窓際に飾っている黄色のアルストロメリアを見つめる。
あれから時間が経っているせいか、みずみずしさは失われていて、枯れ始めている。
……まるで、今の私と同じだ。
「どうして、君と出会ってしまったのだろうね……」
偶然か必然か、今日ほど運命とやらに怒りを向けたことはない。
だって、私は――
「お姉さーん!! 着替えとタオル持ってきた!!!」
扉の奥からバタバタと足音を立て、大きな声が聞こえる。
……あの子は、本当に元気だなぁ。
「……あっ、ありがとうなのだよ。でも今、お洋服を脱いでしまっているので外に置いておいて欲しいのだね!」
「うおっ、そうだったのか! ここ置いとくよ!!」
「ふふっ、覗いたらお仕置きなのだよ?」
「わっ、わかったから早く着替えてくれ!! 俺、離れてるからなっ!!」
タイヨウ君はそう言い、足音が遠ざかる。
本当に素直な子だ。本当に……本当に。
私はなんとか力を込めて立ち上がる。一刻も早く、この血を処理しなければ。
この洗面台はタイヨウ君も一緒に使っているのだから、私なんかの血で汚しちゃいけない。
蛇口を捻り、流れる水。耳を支配する水の音。
だけどいくら流しても消えてくれない深紅の色。
――ふと、口から言葉がこぼれた。
「……ごめんタイヨウ君。約束は、守れないや――」
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