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バアアアン!
派手は音を立てて、王太子の執務室の扉が開いた。
「セバス、レイ!! これは一体どういう事だ??」
ブライスは念願であった魔法法案の立法化の後、怒涛のように目の回る多忙な日々を送っていた。
報道への対応、外国使節との対談、立法化にともなく各所との調整。
ようやく一息落ち着いて帰宅できる事となり、久しぶりに館に帰ると、そこには当然待っていてくれるだろうと思ってたソフィアが、いなかったのだ。
ブライスの館は綺麗に整理整頓されて、ソフィアの痕跡はただ一通の手紙と御不浄と風呂場の扉に空いた穴を残して、煙のように消えていた。
「ソフィアが、ソフィアがこんなものを置いて館を出ていったんだ! 一体何が起こっているんだ?」
ブライスが動転して転がるように駆け込んだレイ王太子の執務室で、ブライスの言葉に驚くものは誰もいなかった。
「ブライス、騒がしいな。来る時は前触れを出せといっただろう。一体何を騒いでいる? 」
「レイ!! これだよ。騒がずにいられるか、ソフィアがどこかにいっちゃったんだ!!」
ブライスの手には、ソフィアの几帳面な字で書かれた手紙が握りしめられていた。
【ブライス様、法律の立法、おめでとうございます。今までお世話になりました。どうぞお元気で。探さないで下さい。ソフィア】
手紙に書かれていたのは、たったそれだけだ。
「ブライス様。マーレ子爵令嬢は貴方とは呪いで無理やり離れられなくなっただけで、呪いが解消された今彼女がどこに行こうと彼女の勝手ではありませんか」
つんけんと、なんとなくセバスチャンの態度が余所余所しい。
「た・・確かにそうだが、こんな手紙一つ残して、研究所もいつのまにか退職しているし、寮まで引き払って、まるでソフィアは僕から逃げるみたいだ、一体なにがおこったのかさっぱりわからない。僕は嫌われるような事をしただろうか。なあ、一体ソフィアはどうして僕の前から行き先も告げずに姿を消したんだ?」
そう言うと、美しい金色の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしって、部屋中をウロウロと右に左にせわしなく歩いた。
「ブライス、なぜ彼女がお前の前から姿を消したのか、本当に分からないのか?」
レイのあきれた顔に、つかつかとブライスは近づいてだん!と机を叩いた。
「全く何もわからないよ! 僕と一緒にいた時はソフィアはいつも楽しそうにしていたのに。
僕は今更彼女のいない生活になんて戻れない。なのに、朝起きてもソフィアは隣にいないんだ、夜寝る時もソフィアはいない。どこにいってもソフィアがいない、ソフィアとつながっていた左の体が冷たくて苦しくて、痛いよ・・あああ・・・・どうして何も言わずにでていったんだソフィア、僕はもう生きている気持ちがしないよ」
ついにはレイの机に突っ伏してオンオンと泣き始めた。
「やれやれ。泣くくらい彼女が恋しいなら、その気持ちを彼女に一度でも伝えた事があるのか?」
「気持ち? 一体何の事だ?」
しくしくと鬱陶しく泣きながら、きょとんとしたブライスに、レイとセバスチャンは二人で顔を見合わせて、はああーと、大きなため息をついた。
そうしてお手上げだとばかりにブライスの後ろでボソボソと言葉を交わした
(こいつ・・まさか恋した自覚すらないのか? )
(さあ、この方は顔と身分と魔術の才能だけの、朴念仁のド変人である事は知っていましたが)
そしてレイはブライスの顔をしっかりと見据えて言った。
「いいか、この朴念仁。胸に手をあてて聞いてみろ。彼女がいない館は、館の明かりが一斉に消えてしまったように感じるんだな。それで、彼女がいないと、どんな食事が味気なくてつまらない。彼女の事を考えると胸が痛くて、そして幸せで、彼女の微笑みが頭から何をしていても離れない。月を見ていても彼女の顔が思いうかんで、花を見ていても彼女の笑顔にしかみえてこない。違うか」
ブライスは目を丸くした。
「レイ、すごいなあ。まさにその通りだ。僕はソフィアがいなくなってから苦しくて悲しくて、息もできないんだ」
「それからソフィア様がおいでになった時は毎日が満たされて、いつもお風呂に浸かっているような温かい気持ちで毎日過ごしておられたでしょう」
「セ、セバスチャンまで・・」
「そしてソフィア様もきっと、同じ気持ちでいらっしゃったでしょうに、どこかの誰かがまあ本当にポンコツでヤレヤレ、本当にお可哀想な方で」
「セバス、・・僕にはやっぱり分からないよ・・もしもソフィアも同じ気持ちなんだったら、どうして何も告げずに僕を置いていったんだ」
そこでイライラとレイが割って入ってきた。
「お前は本当に愚かだな・・少し考えたらわかるだろう。彼女はお前を宰相から守る為に、自分の名誉を犠牲にしてお前の熱愛相手役を請け負ったんだよ。下位貴族の未婚の令嬢がお前のような目立つ男と熱愛の報道が出てみろ。彼女は不名誉な噂で世間の好奇の目に晒されて、お前が責任をとって彼女と結婚でもしない限り王都にもいられない身となったんだよ!」
「え・・・? な、何だって・・? そうだったのか?? で、でも、それだったら今からでも僕が責任を取ってソフィアと結婚すれば・・・・」
セバスチャンが、冷たい声でぴしゃりと言った。
「ブライス様。止めて下さい。あれほど誰とも婚約する事をいやがっていた貴方に、責任を取るためにしぶしぶ求婚されるなど、ソフィア様はとても矜持がゆるさないでしょう。そんな屈辱的な目にあうくらいであれば、どこか遠くに逃げて二度と貴方の前に姿を表すことはないような、そんなお方です」
「し、しぶしぶ求婚だなんて、そんなバカをいえ! ソフィアが僕の側にいてくれるのであれば、僕は喜んでなんだってする!」
焦るブライスに、レイも冷たく言い放つ。
「ブライス。それがお前の気持ちの答えだ。彼女がお前の隣にいてくれていた間に、その言葉を彼女に伝えてやるんだったな」
「レイ様、例えブライス様がやあああああああっと御自分のお気持ちに気がついて、それを伝えても、こんな自分の事ばかりのお子様の朴念仁のロクデナシ、ソフィア嬢の方から願い下げでしょう」
大げさに首を振ったセバスチャンのその言葉に、大いに自覚のあるブライスは、叩きのめされてしまって、そのまま床に倒れ込んだ。
「セバスチャン・・辛辣だな・・僕はただ・・」
床で溶けているブライスを抱き起こして、レイはため息をついて言った。
「ブライス。マーレ子爵令嬢なら元気にしているよ。彼女の献身に感謝して、彼女の幸せを願うのであれば、お前にできる事はただ放っておいてやることだけだ」




