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王宮の郵便課を後にしたソフィアは、王宮から魔術研究所に戻る道々で手にした郵便物を確認する。
(えーっと、これは第一研究室のミランダ様とアン様あて、こっちは所長室宛てか。ああ、またブライス様にまた無茶な依頼されないといいけれど・・)
魔術研究所の所長であるブライスはまだ年齢は若いが、大陸でも大変名の知れた天才魔術師で、ソフィアも学生時代はいくつものブライスの執筆した魔法学の論文が掲載されている教科書の世話になったほどだ。
基本的に誰にでもとても優しく、声を荒げたり、偉そうに振る舞う事はない。
だが期限を守る・時間を守る・規則を守るという事に関しては全くそこらの子供よりも信用のおけないブライスに一度用事を頼まれてしまうと、それは大抵火急の用となり、グレースのその日一日の予定が全て吹っ飛ぶような大仕事になる事が多い。
端的に言って、問題児なのだ。
コンコン、と所長室の扉をノックする。
「事務補佐のソフィアです。所長に郵便です」
「ああ、入って」
おずおずとソフィアが部屋に入ると、いつものごとくブライスの研究室は嵐の後のごとくすさまじい散らかり具合だ。
渦のようにぐるぐると高く積まれた書類や本の類は、一見するとただのゴミとガラクタの山に見えるのだが、本人はどこに何があるのか秩序をもって散らかしているらしいので、誰も手がつけられない。
その上にブライスには魔術に関する品の収集癖があって、よく分からないホネだの葉っぱのかたっぱし、骨組みだけの機械などが所狭しと積み上げられている。
(相変わらずゴミ屋敷みたいね・・)
キョロキョロと見渡しながら、ガラクタで床のほとんど見えない床を、つま先立ちで気をつけながら歩いて、なんとか部屋の中央のブライスの机にたどり着いた。
前に間違えて落ちていたキノコの切れっ端を踏んづけてしまった時は、キノコの胞子がソフィアの顔を直撃して、一週間は紫の点々が消えなかった事があるので油断できない。
「ありがとう。そこに置いていてくれ」
ブライスは目の前の書類から目を話す事なくそう言った。
(うわあ、相変わらず本当に綺麗。まるで月の女神様のようだわ)
ソフィアは書類に向かうブライスの横顔に、思わずうっとりと見とれてしまう。
これまでに様々な無茶振りをされて、ブライスにはひどい目に合わされて来ているソフィアが、それでもブライスの無茶振りに頑張って応えてしまうのは、ブライスのこの外見だ。
大変な変人であるという事を除けば、これほど美しい男性をグレースは人生で見たことがない。
人形のごとく整った女性的な顔立ち、深い夜の海のごとく紺の瞳、金色の肩まで無造作に伸ばした髪。まるで存在自体がこの汚い部屋の中で月光を纏って発光しているかのごとく美しさなのだ。
ラクロア伯爵家出身という高い身分と、この若さで王国の魔術研究の最高峰である筆頭魔術師で、魔術研究所の所長を任されるほどの魔術の才能。それに加え、これほどの美貌。おそらくは誰もがなし得なかった人体編成の魔術も、この男であれば将来、完成させる事ができるだろう。
当然女性には全く不自由しない身分であるはずだが、本人が魔術以外に一切興味がない事と、ブライスの美貌に目がくらんだご令嬢達もこのドがつくほどの変人っぷりについていけずに、ブライスは25歳にもなるというのに未だに婚約はしていないそうだ。
(だまっていれば本当にかっこいいんだけどな・・・美人って得よね)
口を開いたが最後、中身は変人の極みで誰にも全く手に負えないのだが、この男が宝石のごとく美貌の人である事には変わりはない。
ちらちらと横目で団長の宝石のように美しいご尊顔を見ながら、変な用事を頼まれる前にとソフィアが郵便を机に置いて退室しようとした瞬間だ。
ドカン!!!
「きゃあああ!!」
「大丈夫か!!」
爆音におもわず頭をかかえてその場に倒れ込んだソフィアがおそるおそる目を開けると、その月光のようなご尊顔がソフィアの真横にあるではないか。
どうやらブライスがソフィアの上に覆いかぶさって防御魔法を放ち、先ほど起こった爆発からグレースを守ってくれたらしい。
異性耐性の全くないソフィアは人生最高速度で動悸を打つ心臓を抑えて言った。
「ええええええっと、だ、大丈夫です!!はい!! それより・・一体何が・・」
「開封した手紙が爆発したんだ。おそらく過激派からのいやがらせの手紙だ。悪質な術式を組んで、開封したとたんに爆発するやつだ。開けたのが僕で本当によかった。最近宮殿で確認されているやつと同じだ。君、怪我はないか?」
「はい・・大丈夫」
そうソフィアが半泣きで答えた瞬間、ソフィアとブライスの頭上に部屋にうず高く積まれていた書類やらポーションやらの山が爆発の影響でグラグラして、次の瞬間めちゃくちゃに崩壊がはじまって、かたっぱしから落ちてきた。
ドンガラガシャン!ガシャンガシャ!
「うわ、いてて!!」
「きゃあ!」
何やら降ってきた書類や本や、色とりどりの訳の分からないポーションやら魔法粉でべちゃべちゃになったグレースは、呆然としてその場に座り込んでしまった。
「ブブブブライス様、これ、大丈夫なやつですか??」
ソフィアは青くなる。
なにせブライスが開発するポーションはロクでもないやつばかりだ。
毒はもちろん自白剤やら催淫剤やら、眉間から耳が生えてくるポーションやら、果てには加齢剤なんていうものも開発しておおいにこの国と対立する相手国から恐れられている。
アッシュホールド王国と対立した日にゃ、下手したら加齢剤だのなんだの訳の分からない物を盛られるかもしれない、毒を盛られるよりもよほどタチが悪い、という事でできるだけ穏便な関係を築きたいと、近隣国との友好には大変役に立っているという事だが・・
「ああ、単体では大丈夫なヤツばかりだ。・・だが・・多分早く洗い流した方がいいと思うよ」
ブライスはあまり気にしていない様子で、あごをポタポタとたれてくる紫のポーションを拭いながら淡々とそう言った。
「うきゃー!!! そ、それでは!! 失礼させていただきますって・・ あれ??」
大急ぎで部屋を退出しようとしたグレースの体は、グン、と何かの強制力でひっぱられ、先程背中を見せたばかりのブライスの元にすごい勢いで飛ばされたのだ。




