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王太子にソフィアが怒鳴りつけてしまったという大事件から数日。
もう額がすり減るかという勢いで平謝りしたソフィアを、レイは笑って許してくれたが、子爵令嬢が王太子を怒鳴りつけるなどお家取り潰しになってもおかしくないほどの不敬だ。
だがレイは、
「いや、一般的な若い娘に人肉を食わせる話しをするなど、普通に考えて紳士の風上にも置けない。そしてそもそもこんな愚かものと密着して生活する不便を未婚のご令嬢である君に強いているのも私の責任だ」
とそう殊勝に受け止めて、ソフィアがブライスの人肉を食す以外の解呪方法を考えてくれると約束してくれて、二人を馬車で館まで送り届けてくれた。
「君が僕の肉を生で食べたら多分これ、解呪できると思うけど、ちょっとだけ試してみない?」
「絶対!!! いやです!!!」
馬車の中で未だに少し不満そうなブライスに、またソフィアは絶叫した。
そんな二人だが、すったもんだがあったものの、あれやこれやですこしずつお互いの存在に慣れてきて、なんとなく二人で密着して暮らす上でのルーティーンもルールもできてきた。
朝起床したら、衝立越しに手をつないだまま着替える。
それぞれ順番に着替えと洗顔がおわったら、研究室に移動して、二人でサンドイッチの朝食。
サンドイッチはソフィアが担当。
最初の頃はソフィアが、ブライスの仕事の邪魔にならないようにとブライスとつながっていない方の左手を使って、転移魔法で届けられているパンやチーズをスライスして、紙で皿にして食べていたが、今ではブライスがきちんと包丁もまな板も皿も、塩や胡椒にいたるまで研究室に用意しておいてくれる。
食後の片付けはブライス。
お皿に浄化魔法をかけるので、綺麗なものだ。
研究室に2人は朝食後昼までこもって、昼はソフィアが前の夜の間に作っておいたスープ。
多忙なブライスの時間をできるだけとらせないように、昼はスープに決めたのだ。
鍋はブライスが圧力をかけてくれるので、ソフィアは台所でしょっちゅう鍋を見張っている必要もない。
ソフィアの為にそのあとはちょっとだけお茶の休憩時間を挟んで、休憩後は夜まで研究。
夕食は材料を転移魔法で送ってもらって、その日の気分でソフィアが料理をする。
呪術でぴったりひっついてしまった二人の御不浄の問題も、シャワーの問題も、ソフィアが力技で扉に開けた穴から腕を出すという力技のスタイルで一応は解決している。
ソフィアの乙女心の問題以外は二人は手がつながった状態ながらも、なんとか実務的には問題なく協力して生活を送っていた。
(尚、ご不浄の見事なマホガニーの扉に穴を開けたのはソフィアだがシャワーの扉に穴をあけてくれたのはブライスだ。見事なステンドグラスのシャワーの扉に、雷で穴など恐れ多くてとても開けられないと、ソフィアがブライスに泣きついたのだ)
偏屈で有名なブライスとの生活は困難を極めるだろうとソフィアは覚悟していたのだが、研究の邪魔さえしなければ案外ブライスはおおらかだし、何よりブライスは魔術に関しては間違いなくこの国一番の底しれない知識を持っている。何の話をしても勉強になるし、ブライスと話しをするのはとても楽しい。
ブライスはブライスで、ソフィアがブライスの邪魔をしない事だけを切に望んでいたというのに、ソフィアとの生活は案外にも快適で、ブライスは満足だった。嵐の後のようだった館の中も、まあ大勢の子供が大暴れした後くらい、にはマシになった。
そしてなんと、ソフィアと暮らす事で、最近なんと少し、料理に目覚めた。
手がつながっているためソフィアが料理をしている時は台所でただソフィアの横で料理が完成するまでつっ立っていなくてはいけないのが暇でしょうがないという理由で始めた料理なのだが、楽しくなってきたらしい。
「ソフィア見て。この半熟はおそらく完璧と呼んでいいだろう。外はしっかり中はおおよそ6割の黄身が固まった状態だ。美しい」
「おお! ブライス様、これほどのゆで卵は私でも月に1度できたらいい方です! さすがですね!」
最初は利き手がつながっている事もあり、ソフィアの隣で野菜の皮を剥くのもやっとだったのに、今では魔術を駆使して完璧な茹で加減の茹で卵を作ることができるほどにまで成長した。
元来、魔術と料理は自然の素材を利用して別の物質に変化させるという点では、実に似ているものなのだ。
今、朝の食事はサンドイッチはいつも通りソフィアが、それにブライスが毎日高みをめざして挑戦する完璧なゆで卵卵が加わって、二人の料理が食卓を飾るようになった。
そういう訳で、なんとかお互いの存在に慣れたとはいえ、一日のほとんどは、ブライスは机にむかって法案の資料を整え、ソフィアはそんなブライスの隣でじっと大人しく魔術の本を読んでいるだけの日々だ。
誰にも会えない、どこにもいけない、毎日静かにブライスの隣で過ごしているだけはソフィアにとって本当に一日中退屈だろうが、今は法案を立法化させるために、ブライスはソフィアに不便を強いる他ない。
(この呪いに一緒にかかったのがソフィアで心の底からよかった)
ブライスは今になって、感謝しきりだ。
この呪いをブライスが受けてしまったのは自業自得の事故だとして、もしも呪いの対になった相手が第三王女のように華やかな事が大好きなタイプの女性だったら、と思うとブライスはそれだけで頭が痛くなる。
それどころか、もし呪いにかかった相手が男なら、暑苦しくてむさ苦しくて考えるだけでウンザリだ。
ブライスは己の隣で夢中で魔術書を読み漁っているソフィアの地味な横顔をそっと眺めていた。




