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ブライスは天才魔術師だ。
そんなブライスはm食事の時間を惜しんででも、少なくとも立法までは、己の研究に没頭する時間を確保する事が何よりの望みだ。
そんなブライスの気持ちも、過去毒殺未遂があった事から、食事に毒が盛られている可能性があるので食事に慎重にならなくてはいけない事も、よく理解できる。
そしてこの国の魔法学の将来を左右するような重要な法律の立案に身を捧げているブライスの邪魔など、魔法を志していた事のあるソフィアだって全く本意ではない。
(だからと言って・・でもやっぱり私は少しでも美味しいものが食べたいわ)
二人の共同生活がはじまってから、ソフィアは自分が食べるものも、ブライスの邪魔にならないようにと食材をソフィアが片手を使ってサンドイッチにするくらいだった。
たったそれだけの料理のはじまりで、ブライスにサンドイッチは自分のついでに作ってあげていただけだったのだが、これが意外なほどにブライスは喜んでくれた。
食事への用心深さも、自分が取り寄せた食材で同じ食事をしているソフィアには毒を盛られる可能性は低い上、ソフィアは信用できると判断したらしい。
まるごとのハムやらリンゴしか食べなかったブライスが、おそるおそるソフィアの作ったサンドイッチを食べて、相好を崩してくれるようになった様子はまるで警戒心の強い野良猫を餌付けしているような気分になる。
「ソフィア、君は天才だ。このサンドイッチは何か魔術を使っているとしか思えないほど旨いよ」
ある日、ソフィアがちょっと食材の組み合わせを工夫して作ったサンドイッチを頬張っていたブライスがそう唸った。
「えへ? そうですか? ローストビーフをはちみつとマスタードではさんだだけですけど、甘いのとしょっぱいので美味しいでしょう? ブライス様に喜んでもらえてうれしいです。じゃあ今度はガッツリ系のカツをサンドイッチにしてあげますね。びっくりするほど美味しいですよ」
「本当に楽しみだ、僕にとって食事は面倒ごとでしかなかったのに君がやって来てから食事が楽しみになるなんて。君が必要なものは全て取り寄せるから、遠慮なく書き出してくれ」
と、いそいそと紙まで手渡してきた。
ブライスは偏屈だが素直なタチらしく、ソフィアが何を作っても大げさなほど褒めてくれるのがとても嬉しい。
「いいんですか? では遠慮なく・・」
同じくいそいそと欲しい食材を紙に綴る貧乏ソフィアは大喜びで、心の中でガッツポーズだ。
(やったわ!! ブライス様にはついでで作っているだけなのに、サンドイッチ用の高級食材遠慮なくお取り寄せよ! ああブライス様ありがとう!)
最初は自分が旨いものにありつきたいだけだったのだが、何を与えても美味しい、美味しいとブライスが喜ぶのでソフィアも工夫を凝らすようになった。
ピーナツバターとチョコレートのソースを送ってもらったものをパンの残りに挟んで3時のおやつに出したり、ゆで卵を送ってもらったもので即席の卵サラダを作ってサンドイッチにしてみたり。
そうこう工夫してブライスにサンドイッチを作ってあげるうちに、ソフィアの作る朝のサンドイッチをブライスは毎日楽しみだ、と言ってくれるほどになった。
どうやらブライスが今まで食に興味がなかったのは、食事が何よりも大切な研究の時間を邪魔するもので、ともかく早くて栄養があればそれでいいという認識だった。
本日のサンドイッチを噛み締めながら、今日もブライスは手放しの称賛だ。
「ソフィア、本当に君はすごいよ、僕の研究の時間の邪魔を一切せずに、こんな美味いものを作る事が可能だなんて、君は上級魔法使いのようだ。
その上僕の為に小さく切ってくれるから今までパンにかぶりついていた時よりも食べやすいくらいだ」
「えへへへ・・喜んでもらえて嬉しいです」
(自分が食べたい高級食材を高級なパンに挟むだけなんだから、どう転んでも絶対に美味しいものができるに決まってるんだけどね)
ニコニコサンドイッチをほうばるブライスに、笑みがこぼれてくる。ソフィアは言った。
「忙しいブライス様を私の料理に付きあわせて台所に立たせるわけにはいかないですから、私がこの部屋でブライス様のお時間を取らせずにお出し出来る料理はこんなものしかないですけど、喜んでくださって嬉しいです」
「ん? 料理? 君は台所で料理もできるのか?」
実に美味そうに口いっぱいにサンドイッチをほうばった美貌の男は言った。
「ええ、うちは貴族とはいえ貧乏な家ですので。実家には通いの料理番はいましたけど、私は寮に入ったからといって外食ばかりはできないですもの。いつもは市場で安い食材を仕事帰りに買い物して、自分の食事は寮の台所で自分で作っていました」
「へえ、台所に立つなんて、庶民しかしないと思っていたよ。いつか気が向いたら僕にも君がいつも食べていた料理を作ってくれ」
「え、料理作ってもいいんですか? 嬉しい! ブライス様のお時間を取らせないように、冷たいスープだったら今すぐにここにある食材でできますよ! トマトとバジル、それにキュウリもありますね。ちょっと待ってくださいね。赤ワインビネガーの瓶も今日はついてますから、ちょうどいいです。塩と胡椒をこちらに渡してくれますか?」
「へ? ソフィア、君は何を言っているんだ・・? 料理って、台所に行って火を使うんだろう? 悪いけど僕にそんな事に付き合う時間は今ないよ」
「ふふふ、料理ってそれだけじゃないんですよ。ブライス様、そこで見ててくださいね」
ブライスがびっくりした様な顔をしたのが嬉しくなって、ソフィアはブライスがいつも使っているコーヒーマグと、自分のマグの中にぽんぽんとサンドイッチのあまった材料を入れて、ブライスの目の前で魔術で小さな竜巻を起こして、中の野菜を調味料と一緒に粉砕して撹拌した。
「ソフィア??」
「大丈夫です。見ていてください」
そしてマグの中身に入れた野菜や調味料がが完全に破壊された事を確認すると、ソフィアは簡単な冷却魔法をマグに施して、仕上げにバジルの葉っぱを浮かべたマグをブライスに渡した。
「トマトの冷製スープです。これなら台所にわざわざ忙しいブライス様を連れていかなくても、ここで料理ができますので。どうぞどうぞ冷たい内に飲んでください! 」
ソフィアの寮の中庭にある菜園では、形の悪くなったトマトやきゅうりは自由に取っていってもいい事になっている。夏の節約料理としてソフィアが開発した自慢のスープだ。
驚きで目をまん丸にしているブライスは、半信半疑といった様子でそっとマグに口をつけた。
「・・・うわ、美味い。信じられん・・」
嬉しくなったソフィアは、言った。
「そうでしょう? 同じ材料ならちょっと工夫するだけで、ちょっと美味しくなるんだったらそうしないと!勿体ないです」
ソフィアが今目の前でブライスに作ってみせた冷製スープは、まさにいつものサンドイッチの余った野菜に調味料を入れてかき混ぜて、冷やしだだけの簡単スープだ。
だが、ブライスの研究の邪魔を一切する事なく、時間をとらせる事すらなく、台所にすらいかずに特別な材料を用意する事無くものすごくスープがでてきたという事実が、どうやら魔術師であるブライスの好奇心をものすごくくすぐってしまったらしい。
「本当にすごいな。僕がずっと知っていた食材が、一瞬でどうやったらこんな美味しい食事に変身するのか、僕は仕組みのわからない魔術をみている気持ちだよ。君は間違いなく天才だ」
「うふふ、大げさですけれど、ありがとうございます。もしそのうちい実際に台所に立たせてくださる時間を頂く事ができたら、いつでも私が温かい食事を作りますよ。このままのサンドイッチばかりの食事ではブライス様の体にも良くないですし、私もつまらないですからね」
「そうだな・・君の手料理を食べられるなら、少し時間を融通してもいいかもしれない」
忙しい研究の合間、それでもその日から少しずつ、ブライスはソフィアと一緒に台所に立つようになったのだ。




