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(ま、まにあった・・・本当に間一髪・・)
御不浄の扉の向こうでようやく用を足す事ができたソフィアは、間に合った安堵で溶けて泣きそうだ。
「お、おまたせしました」
(こんな美しい人と手を繋いでいる状態で御不浄に行く羽目になるだなんて・・私本当にどこにもお嫁に行けない)
ソフィアがもう恥ずかしさと安心とで、息絶え絶えになって御不浄の扉の外を出ると、あんぐりとした顔をしたブライスが言葉を無くしてその場に立っていた。
「君・・」
何かいいたそうなブライスの顔に、そこでソフィアは大変な事にいまさら気がついた。
(いけない!!! 必死すぎてブライス様の家の御不浄の扉に穴を開けてしまったわ!!)
冷や汗で自分が穴を開けてしまった扉をこわごわとみると、扉はおそらくマホガニー製の高級素材で、細かく彫刻まで入っている。ソフィアが開けた穴は完璧な円を描いていて、まだ円の端はソフィアが放った雷魔法でプスプスと煙が立ち上っている。
御不浄の切羽詰まった我慢の勢いで思わず魔術を落として扉に穴を開けてしまったが、これは一体いかほどの価値のある扉なのか、少なくともこの扉一つでソフィアの頂いている月収以上である事だけは確実だ。
「ごごごごめんなさい!! つい必死で・・べべべ弁償・・させてください・・あの、できれば分割で月賦でできれば大変ありがたいです・・」
恥ずかしさやらお金の心配やらなんやらで、半泣きのソフィアとはよそに、ぼうっとつったっているブライスの目は先ほど研究室で見た目と同じ、不穏な輝きを放っていた。
「・・すごいよソフィア、君はただの研究所の事務補佐だと聞いていたが・・・なのに一体どうやってこんな素晴らしいコントロールと威力の雷魔法を?? 雷の発動の後に連続して遮音と消臭を立て続けに発動?? 遮音は空間魔法、消臭は光魔法寄りの衛生魔法だ。全く異なる属性の魔法をこうも立て続けに一気に発動させられるだなど、高位の魔術師の所業だ」
そしてブライスはソフィアの手をぐっと引き寄せると、聞いた。
「ねえ、君は確か地方の子爵家の出身だったよね。そういえば、一体どういう経緯で研究所の事務補佐になる事になったんだ? 結婚相手を見つけるのであれば王宮メイドの方がいいだろう」
どうやら扉を壊した事で叱られる訳ではなさそうだ。
ソフィアは扉の焼け跡を興味津津で眺めているブライスに戸惑いながらも説明した。
「あ、えっと私、魔法の才能が少しあったので、貴族学校に通わずに地方の魔術学校に通っていたんです。そこでは首席で卒業しました。宮廷魔術学校に入学する資格も推薦もあったんですけれど、諦めました」
「どうして? これほどの素晴らしい魔術の才があるのに進学を断念するなんて」
「魔術学校を卒業して上の学校に入るタイミングで、私の実家の子爵領で酷い洪水があったんです。 領はもう酷い状況で、復興資金の為に、私の入学金どころか、結婚持参金の用意もできなくなりました。それだけでなく、残った資産の運用に父が失敗して、次期子爵である下の弟の貴族学校への学費すら出せなくなって。
弟は跡取りですし、弟の学費を捻出するために、すぐに私が働けるところを紹介してもらって、魔術研究所の事務補佐として働く事になったんです。私学生だった頃は魔力の量と、雷魔法にかけては誰にも負けない自信があったんです。コントロールが良いとよく褒めてもらいました」
(そう、絶対に。絶対に誰にも負けない自信があったわ)
目を閉じると、充実した魔術学校での日々が思い出された。
魔術学校の先生も、誰もがソフィアは宮廷魔術師になって王族に謁見して、この国の魔術の最先鋭で活躍するだろうと、そう信じられていた。
だがはじめてソフィアが憧れの王族に謁見がかなったのは、ポーションでずぶ濡れになった、惨めな下働きの姿でだった。
少し悲しくなったソフィアはそっと目を伏せた。
「そうか、君の実家の子爵領はあの時の洪水の被害にあっていたのか」
「はい。災害にあったことは残念ですが、運のよい事に学園の院長の口利きで少しでも魔術に関わる仕事に付くことができたのは幸運でした。ですので、個人的にもブライス様と王太子殿下の立案された法律が立法化される事を強く応援しています」
ブライスはしげしげとソフィアによって綺麗に開けられた穴を眺めて言った。
「ありがとう。いや、素晴らしいよソフィア。君が宮廷魔術学校に進学できなかったのは本当に悔やまれる。扉の事は心配しなくていい。それにしてもこれほど正確なサイズと力でこの至近距離から発動できる魔術師など、魔術研究所にもそうはいない。それに微小とはいえ、別属性の魔術をこうも連続で発動させる事ができるなど、見事な腕前だ。ただ空間魔法は不発だったね・・」
「え・・空間魔法って・・ま、まさか、き、聞こえていましたか」
我慢の限界まで耐えた膀胱から勢いよく噴出されたものは、遮音の魔術が不発だったとすれば、それはどれほどの爆音だったのかは想像に難くない。
真っ青になって震えているソフィアに、
「心配ないよソフィア、別属性の魔術を短時間で発動させるのは非常に難しいんだ。むしろ消臭魔法が発動したのは見事な事だったよ。これからは無理をせずに、君が中に入っているときは大声で歌でも歌うといいよ! どれ、せっかく君が便利な穴を開けてくれたんだ。ついでに私も御不浄を使わせてもらおう!」
ハハハ、と実に嬉しそうにブライスはヘラヘラと笑って穴のあいた扉を閉めると、ソフィアが施したものより数段見事な消臭、遮音、その上目くらましの魔法を中から施した扉の中に消えていった。
(ハハハ・・・弁償しなくて良さそう・・ハハハ)
ソフィアは扉を弁償しなくて良くなったという安堵感と、用を足すことができた安心感、魔術を褒めてもらった興奮、悲しい思い出。 そして極めつけにどうやら御不浄の中で発した音の全てが、このキラキラと発光しているような美貌の男に全部聞かれていた事を知り、もう情緒がめちゃくちゃだ。
爆弾のような巨大な感情の嵐におそわれて、その場でずるずると座り込んでしまったソフィアは、顔を膝に埋めて、突っ伏した。
(もう・・嫌だ・・私絶対にお嫁にいけない・・・)




