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見えない彼女と、見えてない俺  作者: ニィギンヤ


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2/4

見えない何かと、見えている勘違い

 人間というのは、不思議なものである。


⸻


 一度「違和感」に気づいてしまうと、


⸻


 それ以降、すべてが“そう見えてしまう”。


⸻


 例えば。


⸻


 昨日の出来事。


⸻


 綾瀬が、何もない空間に向かって優しく話しかけていた件。


⸻


 あれを見てしまった俺は。


⸻


 今日という一日を、完全に台無しにされている。


⸻


 精神的な意味で。


⸻


 まず朝。


⸻


 教室に入る。


⸻


 綾瀬はいつも通り、窓際にいる。


⸻


 問題はここからだ。


⸻


 視線が気になる。


⸻


 何がって?


⸻


 綾瀬の視線である。


⸻


 正確に言うと、


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 “俺ではないどこか”を見ている視線である。


⸻


 これが非常に気になる。


⸻


 気になるが、聞けない。


⸻


 聞いたら終わる気がするからだ。


⸻


 主に俺の社会的な立ち位置が。


⸻


「おはよ」


⸻


 一応、声をかける。


⸻


「……おはよう」


⸻


 返ってきた。


⸻


 珍しい。


⸻


 いや、珍しすぎる。


⸻


 挨拶が返ってくるというのは、それだけで事件である。


⸻


 これはもう、


⸻


 ニュースにしてもいいレベルだ。


⸻


 ただし誰も興味を持たない。


⸻


 悲しい現実である。


⸻


「今日、機嫌いいな」


⸻


 軽く言ってみる。


⸻


「普通」


⸻


 即答。


⸻


 知ってた。


⸻


 だが。


⸻


 問題はそこじゃない。


⸻


 その瞬間。


⸻


 綾瀬が、ほんの少しだけ——


⸻


 視線を俺の横にずらした。


⸻


 俺の横。


⸻


 つまり。


⸻


 何もない空間。


⸻


 いや、正確には。


⸻


 “俺には何も見えていない空間”である。


⸻


 ここで一つ、仮説を立てよう。


⸻


 綾瀬は、


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 何かが見えている。


⸻


 そしてそれは。


⸻


 おそらく。


⸻


 俺には見えない。


⸻


 ここまではいい。


⸻


 問題は次だ。


⸻


 その“何か”は、


⸻


 果たして安全なのか?


⸻


 ということである。


⸻


 この時点で俺は、


⸻


 かなり余計な心配をしている。


⸻


 だが、それに気づくのはもう少し後の話だ。


⸻


 その時。


⸻


「ねえ」


⸻


 綾瀬が言った。


⸻


「今日、放課後」


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 俺を見る。


⸻


 いや、正確には。


⸻


 俺と、その横を見ている。


⸻


「時間ある?」


⸻


 これは。


⸻


 事件である。


⸻


 先ほどの挨拶どころではない。


⸻


 緊急速報レベルである。


⸻


「……あるけど」


⸻


 返事が一瞬遅れたのは仕方ない。


⸻


 人間、想定外の事態には弱い。


⸻


「じゃあ、一緒に来て」


⸻


 短い。


⸻


 相変わらず短い。


⸻


 だが内容は濃い。


⸻


 非常に濃い。


⸻


 要約すると。


⸻


 放課後デート(仮)である。


⸻


 括弧が重要だ。


⸻


 なぜなら確定ではないからだ。


⸻


 というか、たぶん違う。


⸻


 だが。


⸻


 俺の脳は、都合よく解釈するようにできている。


⸻


 人間だから仕方ない。


⸻


「どこ行くんだ?」


⸻


 一応聞く。


⸻


「いつものとこ」


⸻


 知らない。


⸻


 全く知らない。


⸻


 “いつもの”という単語を、ここまで信用できないと思ったのは初めてである。


⸻


「……分かった」


⸻


 とりあえず了承する。


⸻


 断る理由もないし、


⸻


 何より。


⸻


 気になるからだ。


⸻


 非常に。


⸻


 この時点で俺は、


⸻


 完全に罠にかかっている。


⸻


 誰の罠かは分からない。


⸻


 だが、確実に何かに引き寄せられている。


⸻


 そして放課後。


⸻


 俺は、綾瀬の後をついて歩いていた。


⸻


 無言で。


⸻


 ひたすら無言で。


⸻


 気まずいとかそういう問題ではない。


⸻


 これはもう、


⸻


 仕様である。


⸻


 やがて辿り着いたのは。


⸻


 昨日と同じ、公園。


⸻


 人はいない。


⸻


 静かだ。


⸻


 そして。


⸻


 綾瀬は、ベンチの前で止まる。


⸻


 昨日と同じ場所。


⸻


 同じ位置。


⸻


 嫌な予感しかしない。


⸻


 むしろ良い予感が一つもない。


⸻


「……来たよ」


⸻


 綾瀬が言う。


⸻


 誰に?


⸻


 という疑問は、もはや野暮である。


⸻


 答えは決まっている。


⸻


 “何か”に、だ。


⸻


 そして。


⸻


 綾瀬は、俺を見る。


⸻


 いや。


⸻


 俺“と、その横”を見る。


⸻


「この人」


⸻


 短く言う。


⸻


 紹介している。


⸻


 誰に?


⸻


 考えるな。


⸻


 考えたら負けだ。


⸻


「……いい人だから」


⸻


 フォローされた。


⸻


 誰に対して?


⸻


 知らない。


⸻


 だが。


⸻


 評価されているのは確かである。


⸻


 これは喜ぶべきなのか、恐れるべきなのか。


⸻


 判断に困る。


⸻


 その時。


⸻


 風が吹いた。


⸻


 強くはない。


⸻


 でも。


⸻


 確かに。


⸻


 “何かが動いた”気がした。


⸻


 もちろん。


⸻


 見えない。


⸻


 何も。


⸻


 だが。


⸻


 綾瀬の表情が、変わる。


⸻


 柔らかく。


⸻


 優しく。


⸻


 まるで——


⸻


 大切な存在を見るように。


⸻


 そして。


⸻


 次の瞬間。


⸻


 綾瀬が言った。


⸻


「……触ってもいいよ」


⸻


 誰に?


⸻


 もういい。


⸻


 分かっている。


⸻


 俺には見えない何かに、だ。


⸻


 そして。


⸻


 その“何か”は。


⸻


 こちらに近づいてきている気がした。


⸻


 非常にまずい。


⸻


 直感がそう言っている。


⸻


 だが。


⸻


 逃げるわけにはいかない。


⸻


 なぜなら。


⸻


 ここで逃げたら、


⸻


 一生気になるからだ。


⸻


 人間は、未知よりも後悔の方が怖い。


⸻


 たぶん。


⸻


「……あのさ」


⸻


 俺は言う。


⸻


 覚悟を決めて。


⸻


「それ、何なんだ?」


⸻


 聞いてしまった。


⸻


 ついに。


⸻


 やってはいけない質問を。


⸻


 綾瀬が、こちらを見る。


⸻


 少しだけ、驚いた顔。


⸻


 それから。


⸻


 いつも通りの無表情に戻る。


⸻


 そして。


⸻


「……見えないの?」


⸻


 静かに言った。


⸻


 この瞬間。


⸻


 俺は確信する。


⸻


 これは。


⸻


 想像以上に面倒な話に巻き込まれている。


⸻


 そして同時に——


⸻


 とんでもない勘違いをしている可能性にも、まだ気づいていない。

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