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見えない彼女と、見えてない俺  作者: ニィギンヤ


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1/4

彼女は今日も素っ気ない(らしい)

まず前提として言っておく。



 これは恋愛の話である。



 間違いなく、恋愛の話だ。



 ただし。



 一般的に想像される「甘酸っぱい青春」みたいなものは、一切期待しないでほしい。



 なぜならこの物語のヒロインは——



 致命的に素っ気ない。



 いや、訂正しよう。



 素っ気ないどころではない。



 人としての感情表現をどこかに置き忘れてきたタイプの素っ気なさである。



 名前は、綾瀬。



 苗字だけでいい。



 下の名前を呼んだことはないし、呼ばせてもらえたこともない。



 ちなみに主人公である俺の名前も、この物語においてはそこまで重要ではない。



 なぜならこの話は、俺がどうこうではなく、



 「綾瀬がどれだけ意味不明か」を観測する話だからだ。



「おはよう」



 俺は言う。



 朝の教室。



 窓際の席。



 いつも通り、綾瀬は座っている。



「……」



 無視である。



 いや、違う。



 これは無視ではない。



 「返す価値がない」と判断された結果の沈黙である。



 非常に合理的だが、精神的ダメージが大きい。



「今日、雨降るらしいぞ」



 話題を変える。



 天気というのは、会話において最も安全なテーマの一つだ。



 誰も傷つかないし、誰も困らない。



 つまり今の俺には最適である。



「……知ってる」



 返ってきた。



 短い。



 異常なまでに短い。



 だがこれは大きな前進だ。



 なぜなら、



 綾瀬は基本的に“必要最低限しか喋らない生物”だからである。



 ちなみに今の発言は「必要最低限」に該当するらしい。



 基準は不明だ。



 本人も多分説明できない。



 もしくは説明する気がない。



 どちらにせよ、ろくでもない。



 その時だった。



 教室のドアが勢いよく開く。



「おはよー!!」



 入ってきたのは、佐伯。



 うるさい。



 とにかくうるさい。



 そして無駄に元気だ。



 さらに言うと、



 この物語における数少ない“常識人枠”である。



 なぜなら、俺と綾瀬がどちらも微妙にズレているからだ。



「また綾瀬と喋ってんの?」



 佐伯がニヤニヤしながら言う。



「別に」



 即答。



 これは否定ではなく、



 “事実の放棄”に近い。



 なぜなら会話が成立しているかどうか、俺にも分からないからだ。



「へー、頑張るねぇ」



「何をだよ」



「いや、だって綾瀬って——」



 そこで、佐伯は綾瀬を見る。



 綾瀬も、見る。



 数秒。



 沈黙。



 そして。



「……何」



 綾瀬が言う。



 低い。



 冷たい。



 気温が2度くらい下がった気がする。



「いや、なんでもないです」



 即座に謝罪する佐伯。



 判断が早い。



 生存本能が優秀だ。



 こうして、今日も平和な朝が始まる。



 ……と、言いたいところだが。



 問題はここからである。



 なぜなら。



 俺は知っている。



 綾瀬が。



 この素っ気ない態度の裏で、



 とんでもなく意味不明な行動をしていることを。



 例えば昨日。



 帰り道。



 誰もいないはずの公園で。



 綾瀬は。



 ベンチの前で。



 真剣な顔で。



 こう言っていた。



「……今日は、触ってもいい」



 誰もいない空間に向かって。



 そして。



 次の瞬間。



 何もないはずの空間を、



 ものすごく大事そうに撫で始めた。



 ……いや、本当に何もなかった。



 少なくとも俺には見えなかった。



 見えなかったが。



 問題はそこじゃない。



 問題は。



 その時の綾瀬の表情が。



 普段からは考えられないくらい。



 柔らかかったことだ。



 結論から言うと。



 俺は今。



 とんでもないものを見てしまった可能性がある。



 そして。



 この時の俺は、まだ知らない。



 この出来事が、



 とんでもない方向に転がることになるとは。



 そして何より——



 “何が見えていないのか”を、完全に勘違いしていることに。


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