第95話 二手に分かれて
終司は身を低くしたまま、リトリのすぐ隣へ腰を下ろした。
「怪我はないか?」
小さく問い掛ける。
リトリは首を横に振った。
「私は大丈夫。夕緋ちゃんも無事だよ」
その言葉に、終司は小さく息を吐く。
視線を横へ向けると、夕緋も静かに頷いていた。
「終司さん」
夕緋が小声で呼ぶ。
「ご無事で良かったです」
「そっちもな」
短いやり取りだった。
今は一秒でも長く話せる状況ではない。
見張りの視線は絶えず生徒達へ向けられている。
「現状を教えてくれ」
終司が本題へ入ると、リトリはすぐ頷いた。
「突然黒装束の集団が現れて、全員ここへ集められたの」
「来賓も一緒にか?」
「最初は」
答えたのは夕緋だった。
「ですが、途中で分けられました」
終司は眉を寄せる。
「分けられた?」
「はい」
夕緋は小さく頷く。
「私は学院長と一緒に、来賓の方々へ挨拶へ回っていました」
学術祭という性質上、学院代表として各方面への挨拶を行っていた。
その最中に襲撃が起きた。
「最初は来賓席側で拘束されたんです」
「なら、どうしてこっちに?」
終司の問いに、夕緋は一度だけ来賓席の方向へ目を向ける。
「途中で移されました。私だけではなく、魔法使いは全員こちらへ」
「……魔法使いだけ?」
「うん」
リトリも静かに続けた。
「一般人の来賓は外周の来賓席。生徒や教師、それから政府側の魔法使いは全員アリーナの内側へ」
「学院長先生だけは例外で、来賓席で拘束されてます」
終司は黙って考える。
これは意図的だ。
偶然ではない。
「魔法使いだけを集めた理由は?」
「分かりません」
夕緋が答える。
「ですが、意味が無いとは思えません」
「だろうな」
終司は腕を組んだ。
敵は計画的に動いている。
そこに理由が無いはずがない。
そして、その理由にも一つ心当たりがあった。
「考えていたことがある」
全員が終司を見る。
「魔法封じについてだ」
終司は小さく声を落とした。
「最初は術式かと思ったんだが、違った。下で黒装束の一人と戦った時、俺の刀は奴に何度も触れている」
刀が術式へ触れれば、それを破壊する。
それが終司の斬撃だ。
「もし魔法そのものなら、その時点で壊れていたはずだ」
「……確かにそうだね。こっちも、彼ら一人一人が術式を発動してるような感じでもなかったよ」
リトリが頷く
「俺は学院の結界石が怪しいと思ってる」
その瞬間だった。
リトリと夕緋の表情が同時に変わる。
二人は顔を見合わせる。
「……なるほど」
リトリが呟く。
「それなら説明が付くかも。ね、夕緋ちゃん」
「はい」
夕緋も静かに頷いた。
「私の結界術でも同じ現象は起きます」
終司は続きを促す。
「結界同士が重なり合うと、その内部では新しい術式が正常に構築出来ません。結界が術式へ干渉するためです」
「つまり」
終司が言葉を繋ぐ。
「学院中の結界石を通常以上の出力で展開させることが出来れば」
「学院全体を魔法禁止区域に出来るね」
リトリが即答した。
「人体への影響はほとんどないけど、魔法だけは発動出来ないフィールドの出来上がり」
「結界石自体を破壊する……いや、無理か」
石の硬さを想像して、終司はその思考を捨てる。
とにかく、予想は正しかった。
この魔法封じは魔法ではなく、学院そのものを利用したシステムだ。
「問題は」
リトリが続ける。
「誰が学院中の結界石を制御しているか、だね?」
「あの連中だろうな」
「恐らく」
夕緋も頷いた、その時だった。
「おい!」
アリーナ入口付近から怒号が響く。
全員の視線がそちらへ向く。
黒衣の男達が数人集まり、生徒達を列へ並ばせ始めていた。
「順番だ!」
「荷物を前へ出せ!」
ざわめきが広がる。
一人目の生徒の鞄が奪われる。
中身が床へ乱暴にぶち撒けられた。
「違う!」
「次!」
終司は目を細める。
「……始まったか」
「何がです?」
旭が尋ねる。
「持ち物検査、だね」
リトリが険しい顔になる。
「どうして急に……」
その答えはすぐ聞こえてきた。
「例の物を誰かに渡している可能性がある!」
「全員調べろ。見逃すな!」
終司はポケットの中の銀色のネックレスへそっと触れる。
予想通りだった。
敵も気付いている。
ワルクスが最後まで制御キーを誰かへ託した可能性を。
もちろん、それが終司の手元にあるとは思っていない。
だが、このまま検査が進めば、いずれ警戒はさらに厳しくなる。
時間がない。
「終司さん」
エリューシアが小さく囁く。
「どうしますか?」
終司は少しだけ考え、すぐに結論を出した。
「状況を変えるしかない。魔法さえ戻れば、形勢は逆転出来る」
「つまり、結界石をなんとかする……そういうことですね」
エリューシアは静かに頷いた。
「では、私が行きます」
「ううん、シアちゃん。一人じゃ駄目」
その声はリトリだった。
終司達が振り向く。
「私も行く」
「理由は?」
「夕緋ちゃんを探してた時のこと、覚えてる?」
リトリは迷いなく答える。
「学院中の結界石の配置を、私は全部確認してる。設置位置も管理経路も……オーバーブーストした時の出力範囲も全部覚えてる」
終司は目を見開いた。
「あれを、全部か?」
「全部だよ。端末のデータが無くても、頭に全部入ってる」
即答だった。
「だから特定出来る」
リトリは続ける。
「今、この魔法封じを維持している中枢がどこなのか」
終司は数秒だけ考え、小さく頷いた。
「頼めるか、リトリ」
「あはっ。終司くんからお願いされるの嬉しいかも」
「茶化すな」
「はぁい」
エリューシアも静かに微笑む。
「では、リトリさんと二人で向かいます。二人だけなら、なんとか抜け出せると思いますので」
終司は最後に二人へ視線を向けた。
「頼んだ。結界石の制御を取り戻してくれ。こっちは俺達でなんとかする」
持ち物検査は、もう三列目まで進んでいる。
残された猶予は、決して長くはなかった。




