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第95話 救出へ

 リトリの私室を後にし、終司たちは研究棟を出た。


 今だに人の気配はなく、静寂だけが周囲を覆っていた。


「第三訓練場までは、正面を避けて迎いましょう」


 エリューシアが周囲を見渡しながら口を開く。


「ああ、それで頼む」


 終司も頷いた。


 敵の目的は制御キー。


 それを確実に手に入れるためには、人質を逃がさないことが最優先になる。


「裏道を使います」


 エリューシアが迷いなく歩き出す。


「学生会長だけあって詳しいな」


「学院内を歩き回る機会が多いので、自然と最短ルートを覚えるようになります」


 小さく微笑みながら答える。


 その横を旭も続く。


「ここから森を抜けていきます」


「了解」


 三人は建物の影を伝い、人目につかないよう移動を始めた。


 魔法が使えない今、無駄な戦闘は避けたい。


 敵に気付かれれば、こちらが不利になる。


 終司は歩きながら周囲を観察する。


 地面に残る靴跡。


 壁の傷。


 戦闘は確かに起きているが、そこに死体はない。


 魔女狩り事件の時とは違う。


 必要なのは制御キーであり、生徒は交渉材料だ。


 だから拘束するだけで済ませている。


 そう考えれば辻褄は合う。


 十分ほど進んだ頃だった。


 第三訓練場の外壁が木々の隙間から見えてくる。


 終司は手を上げ、二人を止めた。


「ここからならよく見えるな」


 三人は低い姿勢のまま茂みへ身を潜める。


 少し高い位置から見下ろす形で、訓練場を観察した。


「……思った通りですね」


 エリューシアが小さく呟く。


 訓練場正面には黒衣の男たちが並んでいる。


 出入口は完全に封鎖され、見上げると屋上にも見張りがいる。


 窓際にも数人。


 どこから侵入したとしても見つかりそうだった。


 終司は人数を数える。


「正面に四人。入口左右に二人ずつと、屋上が二人……巡回が三人か」


 指で地面に配置を書きながら整理する。


 旭も横から小声で言う。


「来賓席がある側は、もっといたような気がします」


「あいつらの本命だろうからな」


 終司は視線を移す。


 来賓席側には、やはり多くの黒衣が配置されている。


「……あれ?」


 旭が首を傾げた。


「どうした?」


「生徒側の方は、監視が少なくないですか?」


 終司は改めて全体を見る。


 そして違和感の正体に気付いた。


「警備が偏ってるな」


 エリューシアも目を細める。


「言われてみれば……」


 終司は静かに続ける。


「来賓側は二重三重の警備だが、生徒側は最低限だ。人質の人数は生徒の方が圧倒的に多いのに」


 旭も納得したように頷いた。


「つまり……」


「奴らにとって重要なのは来賓。いや、制御キーを持つ三人」


 終司は断言した。


「最悪、生徒は逃げても構わない……いや、違うな」


 少しだけ考え直す。


「逃げられる可能性は低いと判断してるのか」


 魔法は使えない。


 教師も学生も一般人と変わらない。


 武装した魔女狩り相手に反抗出来る者はいない。


 だから最低限の人数だけ置いている。


「それなら」


 終司は訓練場裏手を見た。


「まずは生徒側だ」


「はい。それが良いかと」


 エリューシアも賛同する。


「裏手に搬入口があります。普段は資材を運び込むための通路です」


「人目につきにくいな。そこを使おう」


 三人はさらに大きく迂回する。


 森を抜け、倉庫の影を伝って物陰から物陰へ。


 足音は立てない。


 途中、一人の見張りが巡回してきた。


 三人は同時に身を伏せる。


 男は気付かないまま通り過ぎた。


 終司は感心する。


 エリューシアも旭も、こういう潜入が思いのほか上手い。


 エリューシアは学生会長として学院内の構造を熟知しているし、旭は周囲への注意力が高い。


「今ですね」


 旭が囁く。


 巡回が角を曲がる。


「行きましょう」


 エリューシアが先導し、三人は一気に距離を詰める。


 搬入口。


 半開きになった鉄扉。


 中には物資搬入用の細い通路が続いていた。


 人気はない。


「当たりだな」


 終司は小さく呟く。


 三人は慎重に内部へ侵入する。


 訓練場内部。


 壁越しに人のざわめきが聞こえる。


 泣き声に、誰かを励ます声。


 押し殺した話し声。


 生徒たちがここへ集められている証拠だった。


 終司は壁際まで移動し、僅かな隙間から中を覗く。


 数百人近い生徒。


 全員床へ座らされている。


 見張りは四人。


 やはり来賓側より少ない。


「リトリさんは……」


 エリューシアが目を凝らす。


 終司も探す。


 水色の長い髪に白衣……すぐに見つかった。


「あそこだ」


 壁際。


 夕緋と並んで座っている。


 二人とも怪我はなさそうだった。


「いけそうです?」


 旭が小さく聞く。


 終司は配置を見る。


 見張りの巡回に、死角と人の流れ。


 数秒考える。


「いける」


 そう言って、小さく笑った。


「次の巡回が反対側へ行った瞬間に、恐らく十秒程度の隙が出来る」


 エリューシアと旭も頷く。


 三人は息を合わせる。


 巡回が動く。


 一人。


 二人。


 全員の視線が反対へ向いた。


「――今だ」


 三人は音もなく飛び出した。


 人混みの間を縫うように進み、誰にも気付かれることなくリトリのすぐ背後まで辿り着く。


 そして終司は静かにしゃがみ込み、小さく囁いた。


「リトリ」


 突然聞こえた声に、リトリの肩がびくりと震える。


 振り返ったその瞳が、大きく見開かれた。


「……終司くん?」


 終司は人差し指を口元へ当てる。


「静かに。助けに来た」


 その一言に、リトリの強張っていた表情が、ほんの少しだけ安堵へと変わった。

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