第94話 情報共有
リトリの私室。
ようやく人心地つける空間に辿り着いたはずなのに、室内には張り詰めた空気が漂っていた。
旭は机の脇に腰を下ろし、何度も深呼吸を繰り返している。
先程まで一人で隠れていたのだから、無理もない。
終司は近くの椅子を引き寄せて腰掛けた。
「落ち着いたか?」
「……あはは、なんとか」
旭は苦笑する。
だが、その顔色はまだ優れない。
エリューシアも近くに立ったまま彼女を見守っていた。
「それじゃ、順番に聞かせてくれ」
終司は言う。
「俺がクエトのところへ向かった後、何があった?」
旭は頷く。
少しだけ考えてから話し始めた。
「先輩が行ってからも、トーナメントは普通に進んでました」
上位戦。
残った強者たちによる試合。
観客も大いに盛り上がっていただろう。
「それで、上位決定戦が始まるところで一回休憩が入ったんです」
「私とリトリさんの試合が始まる前ですね。私が終司さんを探しに行ったのも、そのタイミングです」
エリューシアが補足し、旭は頷いた。
「問題はその後か」
旭の表情が曇る。
「はい。その直後でした」
声が少し低くなる。
「急に来賓席の方が騒がしくなったんです」
「……魔女狩りのやつらか?」
「はい。来賓の中に紛れてたみたいです」
旭が言う。
「最初からか?」
「あたしはそう思います」
終司は眉をひそめた。
やはり、学院の警備を正面から突破したわけではない。
学術祭という大規模行事を利用し、最初から内部へ入り込んでいた。
その方が遥かに合理的だった。
「それで、彼らはそのまま人質に?」
「はい」
旭は即答した。
「六条様も学院長もワルクスさんも」
「六条七理……中央都市代表なら学術祭へは出てくるか」
終司は小さく息を吐く。
「それで、全員動けなくなった……と」
「はい」
学院最上層の人間がまとめて押さえられ、来賓にまで下手に動けば被害が出る。
「誰も抵抗はしなかったのか?」
「しました」
旭は即答した。
「ルード先輩が、隙を見て魔法を撃とうとしたんです」
「それで?」
「それが、発動しませんでした」
室内が静かになる。
終司とエリューシアは視線を合わせた。
「何も出来ないまま、そのまま制圧されました」
「……魔法封じは地上でも起きたわけか」
終司は腕を組む。
地下で辿り着いた推測がさらに補強される。
おそらく範囲は学院全域。
今この瞬間も魔法は使えない。
「彼らの要求は?」
「人工衛星マギアスの制御権です」
終司は無言になる。
「……そうか、だからこのタイミングだったのか」
「先輩、何か心当たりが?」
「中央都市代表の六条七理」
一本指を立てる。
「学院長のアヴレイン・フラウレス」
二本目。
「FZC社長のワルクス・ファレーザント」
三本目。
「今この学院には、マギアスの開発と運営に携わった人間が全員揃ってる」
旭が頷いた。
「あ、言われてみれば」
学術祭。
それは偶然ではなく、狙っていたのだ。
全ての鍵が揃う日を。
「制御キーを要求してました。でも、ワルクスさんのだけなかったみたいで」
「……まさか」
終司は小さく呟く。
そしてポケットへ手を入れた。
指先に冷たい感触が触れる。
銀色のネックレス。
ワルクスから別れ際に渡されたもの。
依頼料代わりだと言われた品。
何気なく受け取ったそれを取り出す。
「先輩?」
旭が首を傾げた。
終司はネックレスを見つめる。
今思えば妙だった。
ワルクスが、わざわざそんな物を渡す理由。
あのタイミングで、何かを託すようにだ
「終司さん?」
エリューシアが声を掛ける。
「……いや」
終司はネックレスを握り込んだ。
まだ確証はない。
だが、探偵としての勘が警鐘を鳴らしていた。
もし、これが本当に制御キーの一つだったとしたら。
魔女狩りはまだそれを手に入れていない。
つまり、計画は完成していない。
「旭」
「はい」
「リトリと夕緋さんは今どこに?」
「まだ、第三訓練場です。他の生徒と同じようにあそこに監禁されてます」
「そうか」
終司は立ち上がる。
椅子が小さく音を立てた。
エリューシアも表情を引き締める。
「行くんですね」
「ああ」
終司は頷いた。
状況も敵の狙いも見えてきた。
なら次にやることは一つしかない。
第三訓練場。
今はそこへ向かうのが最善だろう。
だが、終司の脳裏には別の違和感も残っていた。
まるで誰かが裏から盤面を動かしているような感覚。
それが何なのかはまだ分からない。
ただ一つだけ確かなのは――
この事件は、まだ終わりには程遠いということだった。




