第93話 旭の捜索
地下施設特有の無機質な空気が流れ去り、代わりに土と草木の匂いが終司の鼻を掠める。
だが、安堵する暇はない。
学院の敷地内からは黒煙も上がっている。
戦闘は間違いなく起きている。
「まずは中央へ行きましょう。こちらです」
エリューシアが駆け出す。
終司も頷き、その後を追った。
二人は地下施設の出口から学院中央区画へ向かう。
「……妙だな」
終司は僅かに眉を寄せた。
違和感がある。
思っていた光景と違う。
魔女狩り。
その言葉から連想するのは七年前の惨劇だった。
血。
悲鳴。
無数の死体。
あの日の記憶は今でも鮮明に残っている。
だからこそ、終司は地上へ出る前から覚悟していた。
学院中に生徒達の死体が転がっているかもしれないと。
だが、それが見当たらない。
破壊された校舎はある。
砕けた窓もある。
焦げ跡もある。
戦闘の痕跡もある。
しかし、死体は一つも無い。
「どうしました?」
エリューシアが尋ねる。
「いや」
終司は周囲を見渡した。
「変じゃないか?」
「変、ですか?」
「ああ」
少し考える。
「死体が無い。それどころか、怪我人すらも」
エリューシアも周囲へ視線を向けた。
「希望的観測にはなりますが、皆さん無事に避難したのかもしれません」
「それならいいんだが……」
だが、終司は納得出来なかった。
魔女狩り事件と同じ連中なら。
本当に七年前の生き残りなら。
もっと徹底的に殺しているはず。
それが出来る連中だ。
それなのに、この静けさ。
「あの時とは違うのか……」
終司が呟く。
推測だけでは意味がない。
終司は端末を取り出した。
まずは旭へと発信する。
だが、呼び出し音すら鳴らない。
「駄目か」
続いて関係各所に連絡を飛ばすが、全て繋がらない。
エリューシアも自分の端末を確認していた。
結果は同じらしい。
「こちらも駄目です」
「だろうな」
地下で旭から通信が来たのは奇跡に近かったのだろう。
偶然、一瞬だけ繋がった。
「どうしますか?」
エリューシアが聞く。
「旭さんを探すなら、手分けした方が早いかもしれません」
終司は少し考える。
確かに効率だけならその方が良い。
「いや」
だが、終司は首を横に振った。
「一緒に行こう」
「……理由を聞いても?」
「魔法が使えない今、俺たち単独での戦力はあいつらより上だとは言い難い。ガルナスとまた出くわすようなことがあれば、次は無事ではすまないだろう」
「そう、ですね。体術戦闘ではあちらが有利なのは間違いないでしょうし」
エリューシアは納得したようだった。
学院最強の魔法使い。
だが、今は魔法が封じられている以上、戦力は大幅に低下している。
終司も同じだ。
相手が魔法使いなら得られる優位性が、彼らを相手には全く得られない。
だからこそ、固まって動くべきだと判断した。
「格好の悪い話だけど」
終司は続ける。
「今、君に抜けられると俺が困る」
「ふふ、そんな弱気なことを言う終司さんは初めて見ました」
「俺は正直なんだ」
「そういうことにしておきますね?」
エリューシアが小さく笑った。
ほんの少しだけ張り詰めた空気が和らぐ。
だが次の瞬間には表情を引き締めた。
「では、旭さんの捜索ですね」
「ああ」
終司も頷く。
問題はどこにいるかだ。
旭は無事だと言っていた。
ならば今もどこかへ身を隠している可能性が高い。
終司は考える。
旭の性格を元に、その判断基準と行動原理。
この状況で、彼女ならどう動くか。
「もし逃げるとしても」
終司が呟く。
「旭の場合、適当な場所に隠れたりはしないだろう」
エリューシアは黙って聞いている。
「隠れるなら、敵に見つからずに味方が探し当てられる場所を選ぶ」
「……なるほど」
エリューシアも納得したようだった。
何も伝えられない状況。
通信も繋がらない。
それなら、自分を見つけて貰うしかない。
そう考えるはずだ。
「心当たりは?」
「候補はいくつかある。夕緋さんの調査の時、俺は旭にこの学院を案内してもらってるからな」
図書館。
寮。
食堂。
空き教室。
だが、どれも決め手に欠ける。
終司は足を止めた。
脳裏に浮かんだ場所が一つある。
「……もしかしたら、あそこかもしれない」
「そこは一体?」
第三訓練場。
模擬戦トーナメントの会場だった場所。
おそらく、旭が最後にいた場所はそこだ。
そこから近く、身を隠せて人が少なく敵にも見つかりにくい。
そして、終司が知っている施設。
「リトリの研究棟だ」
エリューシアが目を瞬かせる。
「あそこですか」
「この状況なら恐らく」
理由は単純だった。
リトリの研究棟は第三訓練所の裏手の森から繋がっている。
人目を避けて移動出来て、隠れられる建物もある。
「行くぞ。ルートは君に任せる」
「はい」
二人は方向を変え、リトリの研究棟へとその足を進める。
途中で何度か破壊された設備や戦闘痕を見かけたが、人影は無い。
不気味なほど静かだった。
そして数分後。
目的地へ到着する。
魔法が封じられていることもあり、以前来た時の建物を隠蔽する迷彩は解除されていた。
研究棟の入口は半開きで、誰かが入った形跡がある。
終司はエリューシアへ目配せした。
彼女も頷き、慎重に中へ入る。
静かだ。
廊下には誰もいない。
終司は迷わず奥へ進み、リトリの私室へと辿り着く。
「ここだ」
終司は扉へ手をかけ、ゆっくり開ける。
薄暗い室内は、誰もいないように見えた。
だが。
「……先輩?」
聞き慣れた声がした。
机の陰から、赤髪の少女が顔を覗かせる。
旭だった。
終司は小さく息を吐く。
「良かった。ここにいたか」
その一言を聞いた瞬間。
旭の表情が一気に崩れた。
「終司先輩……っ!」
駆け寄ろうとして、途中で止まった。
今にも泣きそうな顔をしている。
それでも必死に堪えていた。
「無事か? 怪我はないか?」
終司が言う。
「……はい」
旭は何度も頷いた。
その様子を見ていたエリューシアが小さく笑う。
「流石は、探偵さんですね。お見事です」
「ありがとう。素直に褒められておくよ」
終司はそう答えた。
だが、その表情には僅かな安堵が浮かんでいた。
探していた一人は無事だったのだから。




