第92話 地上へ
ガルナスが去った後も、戦闘の余韻はまだ空気に残っていた。
終司は周囲へ視線を巡らせながらもその足を進める。
今のところ気配は無い。
少なくとも今すぐに襲撃が来る様子はなかった。
「……待ち伏せ、は無さそうですね」
隣でエリューシアが呟く。
「ああ」
終司も同意した。
あの男は明らかにまだ戦えた。
傷は負っていたが、致命傷には程遠い。
それなのに退いた。
「時間が来た、と言っていましたが」
「ああ、やけにあっさり引いたな」
「何か予定があるのでしょうか」
「おそらくな」
終司は短く答える。
少なくとも、あの男の本当の目的は自分達を殺すことではないように思えた。
もし本気でそれだけを狙うなら、あそこで退く理由はない。
つまり優先すべき何かがある。
「後ろの警戒は俺がする。前は頼めるか?」
「はい」
地下施設は複雑な構造をしている。
階段を見つけて上へ進む。
次の階へ着いたところで、そのまま上へ行けるわけではない。
別区画へ移動しなければ次の階段は無い。
また通路を進み、階段を探す。
まるで迷路だった。
「面倒な造りだな」
「研究施設ですからね。エレベーターが使えたら良かったのですけど」
「そこは抑えられてるからな」
「はい。隔壁を下されなかったのだけは幸いでした」
「魔法を封じられてる今、それをされると骨が折れるな」
「下されないとも限りません。急ぎましょう」
二人は先へ進む。
地下六階。
地下五階。
地下四階。
不思議なほど敵と遭遇しない。
終司は歩きながら考える。
ガルナスとの戦闘。
そして魔法が使えなくなった理由について。
終司が口を開く。
「気になることがあるんだ」
「何でしょう」
「魔法封じだ」
エリューシアの表情が少しだけ変わる。
「……今も継続して使えないままですね」
あれは異常だった。
エリューシアほどの魔法使いですら魔法を使えなくなる。
あり得ない。
少なくとも普通の術式では。
「最初はそういう魔法か呪いの類だと思っていたんだが」
終司は言う。
「違う、と?」
「ああ」
地下通路を歩きながら続ける。
「もしそれなら、俺の刀で打ち消せるはずだ」
エリューシアは黙って聞いている。
「俺はあの男と何度も刃を合わせた」
「はい」
「だが、何も起きなかった」
終司は思い出す。
もし魔法による術式なら。
もし呪いによる干渉なら。
術者に刀が触れた瞬間に破壊出来ている。
だが今回は違う。
「つまり、術者を介した魔法ではない」
「あのガルナスという方以外が発動した大規模術式という可能性は?」
「ゼロではないとは思うが、それだと発動範囲が広すぎる。そんな魔法がも自由に使えるなら、そもそもこんな回りくどいことはしないだろう」
エリューシアは少し考える。
「では、何なのでしょうか」
「まだ確信とまではいかないが」
研究施設に管理設備。
隔壁に認証装置。
そして学院の至る所に設置された結界石。
終司の中で点と点が繋がり始めていた。
「この学院には大量の結界石が使われてるよな」
「はい」
「おそらく、それだ」
「……結界石、ですか?」
「ああ、それを利用しているんだと思う」
エリューシアの目が見開かれる。
「そんなことが可能なんですか?」
「結界石の設置場所を把握しているなら、理論上は」
終司は言う。
「学院全体の結界石を管理してるシステムがあるはずだ。その設定を書き換えたんじゃないか?」
「設定……」
「術者を直接封じているのではなく」
終司は静かに言った。
「魔法が発動出来ない環境を生み出したんだ」
エリューシアが足を止めた。
「……!」
理解したのだろう。
「つまり、学院そのものを檻に変えたってことだ」
静かな声だった。
「安全のために作った仕組みを逆に利用された、ということですか」
エリューシアの表情が曇る。
学生会長である彼女だからこそ、その意味が理解出来る。
「では今、私たちだけでなく学院内の全員が……」
「魔法が使えない可能性が高い」
終司は断言した。
嫌な沈黙が流れる。
それはつまり、魔法使いの学院が、ただの人間の集団になったということだ。
「……魔女狩り事件」
エリューシアが呟いた。
終司は目を細める。
「ああ」
七年前の惨劇。
数多くの魔法使いが死んだ。
当時の終司には理解出来なかった。
なぜ、反撃しなかったのか。
なぜ、一方的にやられたのか。
なぜ、魔法が使えなかったのか。
だが今なら分かる。
「あの時も魔法が使えなかった」
その答えに辿り着く。
「だから、魔法使いが抵抗も出来ずに虐殺されたんだ」
エリューシアが黙り込む。
重い空気が流れながらも、二人は歩みを止めない。
地下三階から地下二階。
そして、地下一階。
時間をかけて、ようやく最後の階段へ辿り着いた。
その先にある、地上へ続く隔壁。
終司はそこで足を止めた。
「……つきましたね」
「ああ」
旭からの通信を思い出す。
恐らく、この扉を抜けた先の地上は大変なことになっている。
終司は拳を握る。
旭は無事だと言っていた。
だが、それがいつまで続く保証もない。
二人は隔壁の前へ立つ。
エリューシアが操作盤へ手を伸ばした。
重い駆動音が響いて、ゆっくりとそれが開いた。




