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第88話 急変

 地下七階へ続く通路を、終司とエリューシアは足早に進んでいた。


 ここに来るまでに、既に数度の襲撃を受けていた。


 もっとも――。


「終わりました」


 淡々とした声と共に、一人の黒衣の男が壁へ叩きつけられる。


 床へ転がった男はそのまま動かなくなった。


 エリューシアが魔法陣を消す。


 終司は倒れた男へ視線を向けた。


「これで三人目か」


「地下九階から数えるなら六人目です」


 エリューシアが訂正する。


「正確にはそうか」


「正確にはそうです」


 真面目に返される。


 襲撃者は、その全員が同じだった。


 黒衣に仮面。


 魔力は反応無く、異常な身体能力。


 魔法使いを殺すためだけに磨き上げられた戦闘技術。


 終司は倒れた男の傍へしゃがみ込むと、その仮面を外した。


 知らない顔だった。


 年齢は三十代前後だろうか。


 一般人にしか見えない。


 だが、その身体には無数の傷痕が刻まれていた。


 戦い続けてきた人間の身体。


「終司さん?」


「……クエトの言葉が本当なら」


 立ち上がる。


「こいつらは魔女狩りだ」


 エリューシアが少しだけ眉を寄せた。


「魔女狩り事件の……?」


「ああ」


 七年前。


 世界中の魔法使いが集まったあの日。


 中央都市のフォーラムを襲撃した反魔法派テロ組織。


 魔女狩り。


 だが、彼らは事件の終幕と共に全員が自害した。


 そう記録されている。


「終司さんは見たことがあるのですか?」


「ああ。少し記憶と違うところもあるが」


 終司は即答した。


 脳裏に蘇るのは燃え上がる建物に悲鳴……そして、血の匂い。


「当時も同じ格好をしていた。もっとも、黒衣だけであの頃はこんな仮面はつけていなかった気がするが」


「ですが」


 エリューシアが言う。


「公式記録では全員死亡しているはずでは?」


「だからおかしいんだ」


 終司は目を細めた。


「七年だ」


「……」


「七年間姿を消していた連中が、今になって突然動き出した」


 それだけではない。


 ここ最近の事件が全て連続して起きている。


 とても偶然とは思えなかった。


「何か目的があるのでしょうか」


 エリューシアが問う。


 終司は少し考える。


「……やはり、狙いはレナルス教なのか?」


 だが、それだけでは説明が付かない。


 もし、教祖だけが目的なら何故七年も潜伏したのか。


 何故今なのか。


「……分からないな」


 終司は正直に言った。


「本当に、分からないことだらけだ」


「終司さんが素直に分からないと言うのは、意外ですね?」


「分からないものは分からないからな。今の所、お手上げだよ」


 エリューシアが少しだけ笑う。


 だが、その表情もすぐ引き締まる。


「ですが、一つだけ確かなことがあります」


「ああ」


 二人の考えは一致していた。


「こいつらは皆、俺たちを殺す気で来ている」


「はい、全員本気だったかと……」


 魔法使いへの憎悪。


 それだけは変わっていない。


 もし本当に魔女狩りの残党なら、学院は最悪の標的だ。


 世界最大規模の魔法学院。


 生徒も教師も魔法使いばかり。


 彼らにとっては理想的な狩場だろう。


「学院側は気付いているのでしょうか」


「どうだろうな。上の状況が分からないうちはなんとも」


 終司は言う。


「だが、連中がここまで侵入してる時点で楽観は出来ない。学院の関係者にも彼らの仲間がいる可能性も高いからな」


 地下施設そのものが既に完全に制圧されている可能性もある。


 それを考えると嫌な予感しかしなかった。


「急ごう」


「はい」


 二人は再び歩き出す。


 地下七階から地下六階。


 少しでも早く地上へ。


 そう思った、その時だった。


 ――ブルッ。


 終司の端末が震えた。


 終司とエリューシアが同時に足を止める。


「通信、ですか?」


「みたいだな。回復したのか」


 地下に入ってから初めてだった。


 終司は端末を取り出す。


 画面を見た瞬間、目が僅かに見開かれた。


「旭だ」


 表示されていた名前は旭だった。


 すぐに通話へ出る。


『しゅ――じせ――!』


 激しいノイズ。


 音声が途切れている。


「旭か?」


『きこえ――ます――か!?』


「ああ、聞こえてる」


 だが、ノイズが酷い。


 通信妨害の影響だろう。


 まともな会話が成立するか怪しい。


『よかっ――』


 ノイズに雑音。


 耳障りな音が続く。


『ちじょう――が――!』


 終司の表情が変わった。


「地上がどうした?」


『しゅうげ――』


 ノイズ。


『たいへ――』


『いま――』


 音声が飛ぶ。


 だが十分だった。


 終司はとっさに理解する。


 地上で始まったのだ。


 学院への襲撃が。


「旭!」


 呼び掛ける。


「無事か!?」


『わたし――なんとか――』


 終司は小さく息を吐いた。


 旭が生きている。


 それだけで十分だった。


『でも――』


 旭の声が途切れる。


『みんな――』


 ノイズ。


 激しい雑音。


 そして。


 ――プツッ。


 通信が切れた。


 静寂。


 通路に再び沈黙が戻る。


 終司は端末を見る。


 通信は完全に途絶えていた。


「終司さん」


 エリューシアが声を掛ける。


 終司は顔を上げた。


「聞こえていたな」


「はい」


 短い会話だった。


 だが十分だった。


 地上は既に戦場になっている。


 そして旭は生存している。


 それだけは分かった。


「急ぎましょう」


「ああ」


 もう地下で足止めされている場合ではない。


 魔女狩りの目的はまだ分からない。


 教祖との関係も分からない。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 今この瞬間も、学院は危機に追い込まれている。


 終司とエリューシアは速度を上げる。


 迫り来る決戦の気配を感じながら。

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