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第84話 救出

 意識が浮上する。


 ゆっくりと瞼を開くと、そこには真っ白な天井があった。


「……ここは」


 終司は数秒、そのまま天井を見つめた。


 後頭部に鈍い痛み。


 意識を失う直前の記憶が蘇る。


「後ろからやられたか」


 小さく呟き、身体を起こす。


 周囲を見回すと、白い部屋だった。


 窓はなく、家具もない。


 出入口らしき扉が一つあるだけ。


 それ以外は何も存在しない。


 壁も床も天井も、全て白の空間だ。


「……確認はしておくか」


 終司は腰へ手を伸ばす。


 当然のように空だった。


 小刀と通信端末も無い。


 懐も調べる。


 だが、何も残されていなかった。


 全て没収されている。


「徹底してるな」


 皮肉気に笑う。


 ここがどこなのかは分からない。


 どれだけ時間が経ったかも分からない。


 窓もなく、太陽すら見えない。


 おそらくまだ地下だろう。


 そう考えるのが自然だった。


 終司は立ち上がり、身体の調子を確認する。


 身体に蓄積されたダメージはあり、疲労も残っている。


 だが動けないほどではない。


「……知りすぎた、か」


 小さく呟く。


 クエトの証言に教祖レナルス。


 御神体に、魔女狩り事件。


 あの場で聞いた内容は、学院にとって知られては困る情報だったのかもしれない。


 だから拘束された。


 そう考えれば辻褄は合う。


 だが。


「学院全体が噛んでるとは思えないな」


 終司は眉をひそめる。


 あの場の人間は学院長への連絡を異常なほど拒んでいた。


 まるで、学院長へ話が届くことそのものを恐れているように。


 つまり、学院長の意思ではない。


 別の誰かが動いている。


「……面倒だな」


 息を吐く。


 考えていても仕方ない。


 今優先するべきなのは情報ではない。


 脱出だ。


 ここから出て、学院長と接触する。


 順番としてはそれしかない。


 終司は扉へ近付いた。


 ノブを回す。


 当然開かない。


 予想通り、鍵が掛かっている。


「さて」


 壁を見てみるが、白い壁には継ぎ目も見当たらない。


 いっそ破壊出来るか。


 そう考えた瞬間だった。


 轟音。


 部屋全体が揺れた。


「――何だ?」


 終司の視線が右側の壁へ向く。


 次の瞬間。


 爆発。


 白い壁が内側へ吹き飛んだ。


 壁の破片が飛散し、粉塵が舞い上がる。


「おいおい……」


 終司が思わず呟く。


 壁を破壊しようと考えていた矢先だった。


 粉塵の向こうに一人の人影が立っている。


 細身の少女。


 薄桃色の髪に静かな青い瞳。


 何も無かったかのような平然とした表情。


「……」


「……」


 数秒の沈黙。


 先に口を開いたのは終司だった。


「普通に扉を開けるって発想は無かったのか?」


「ありました」


 即答だった。


「ですが、鍵が掛かっていましたから」


「だから壁を壊したのか」


「はい」


 何も間違っていないと言わんばかりの顔だった。


 終司は額を押さえる。


「無事で何よりです」


「それはこっちの台詞だ」


 エリューシアは部屋へ入ってくる。


 その制服には戦闘の痕跡が残っていた。


 多少の汚れに焦げ跡。


 恐らくここへ来るまでにも色々あったのだろう。


「そっちは捕まらなかったのか?」


「取り調べをしていた人たちが学院関係者ではありませんでしたので、すぐに逃げました」


 終司は眉を上げる。


 エリューシアは当然のように続けた。


「学院の生徒、教師、職員の顔と名前は全て把握しています」


「……全員か?」


「はい、全員です」


「とんでもない記憶力だな」


「当然のことだと思いますよ?」


 本人は全く気にしていない。


「つまり、あいつらが学院の人間ではないと分かったから逃げられたのか」


「はい」


 エリューシアは頷く。


「父に連絡を取ろうとしたのですが……」


「通信妨害か」


「この地下区画全体が遮断されています」


「俺のことはどうやって見つけたんだ?」


 その質問に、エリューシアが少しだけ視線を逸らした。


 珍しい反応だった。


「……発信機です」


「発信機?」


「以前、終司さんがクエト先生に付けていたものです」


 終司は一瞬考える。


 そして思い出した。


「ああ、あれか」


「終司さんにお返ししようと回収していたものです」


「いつの間にそれを俺に?」


「前夜祭の時です。花火を見ていた時に、上着のポケットに」


 さらりと言う。


 終司はポケットに手を入れると、そこに固いものがあるのを確認する。


「何も言わずにか?」


「はい、そうですね」


 終司はため息を吐いた。


「だから居場所が分かったのか」


「地下区画に移動しているのを確認して、何かと思ってきたら先ほどの状態で」


「なるほどな」


 筋は通る。


 少なくとも今は助かった。


 それだけで十分だった。


「どうであれ君には助けられたな。ところで……」


 終司は砕けた壁の向こうを見る。


「ここからどうする」


 その問いに、エリューシアは静かに答えた。


「父のところへ向かいましょう」


 迷いの無い声だった。


「直接会って確認するべきです」


「同感だ」


 終司は頷く。


 今信用出来る相手は限られている。


 ここに長居するのは危険だ。


 エリューシアは静かに振り返る。


「急ぎましょう」


「ああ」


 終司は砕けた壁を越える。


 そして二人は、地下区画の奥へ向けて走り出した。

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