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第85話 脱出

 閉じ込められていた白い部屋を出ると、そこは無機質な通路だった。


 天井には一定間隔で照明が並び、白い光が床を照らしている。


 静かだった。


 不気味なくらいに。


 終司は歩きながら周囲へ視線を向ける。


「……誰もいないな」


「学術祭でほとんど地上に出ているでしょうから」


 隣を歩くエリューシアが答える。


「寧ろ、地下に居たままでは危険だったかもしれませんし」


「それもそうか」


 終司は眉をひそめた。


 これだけの施設だ。


 本来なら警備がいて当然なのに、今は人の気配が無い。


 学術祭が学院にとってどれだけ重要な催しなのかが分かる。


「ところで」


 終司は前を見る。


「ラルスを見なかったか?」


 エリューシアは首を横へ振った。


「いいえ」


「そうか」


 少しだけ考える。


 だが、あの男なら大丈夫だろう。


 少なくとも簡単に捕まるような人間ではない。


「まあ、そう簡単にくたばるようなやつじゃないか」


「同感です」


 エリューシアも即答した。


 妙な信頼感だった。


 終司は苦笑する。


「君もそう思うか」


「あのラルスさんですから」


「違いない」


 二人は再び歩き出す。


 しばらくして、終司はふと思い出したように尋ねた。


「そういえば」


「何でしょう」


「君はこの地下の存在を知っていたんだな?」


「……はい」


 即答だった。


「ここは、私が最初に目を覚ました場所ですから」


 終司の足が僅かに止まる。


「……ここが?」


 エリューシアは少しだけ視線を伏せた。


「今の"私"としての、最初の記憶です」


 それ以上は語らない。


 終司も深くは聞かなかった。


 聞けば話してくれる気もした。


 だが、なんとなく今ここで聞くのは違う気がした。


「ここは何の施設なんだ?」


「学院の魔法研究区画です。学院は政府お抱えの研究機関でもありますから」


 エリューシアは淡々と答える。


「最近では、夕緋さんの結界魔法研究が主になっていました」


「夕緋さんの?」


「はい。彼女の捜索の際は、ここの存在を隠していてすみませんでした」


「いや、謝らなくていい。君にも守秘義務があっただろうしな」


「皆さんには伏せて私もここを捜索しましたが、その際はどこにも姿がなく、職員の方も見かけていないとのことでしたから」


「色々と協力してくれてたのは知ってるよ。ありがとな」


「いえ、お礼を言われるようなことは何も……」


「ここの存在を知っているのは?」


「かなり限られていますね」


 エリューシアは続ける。


「教師でも一部だけです」


「生徒は?」


「私と夕緋さんだけです」


 終司は周囲を見る。


 つまり、クエトを拘束するにはこれ以上ない場所だった。


「なるほど」


「逆に言えば」


 エリューシアが僅かに表情を曇らせる。


「この施設を自由に使えているという時点で、学院でもかなりの上層部が関わっているかと」


「だろうな」


 終司も同意した。


 学院長と話せば、何かしらの答えが得られそうではある。


「現在位置は?」


「地下十階です」


「……十階?」


 終司が眉をひそめる。


「ここが最下層になります」


「……深いな」


 思った以上だった。


 エリューシアなら天井を吹き飛ばして地上へ出られるかもしれない。


「本気に捉えないで欲しいが、天井をぶち抜いてそこから脱出するのは?」


「可能ですが、おすすめは出来ませんね。確実に地下が崩落します」


「分かってる。もしもの時の選択肢として、くらいに留めておく」


 地下十階。


 ここで暴れれば施設ごと潰れる。


 運が悪ければ、地上の学院まで巻き込みかねない。


「ならエレベーター……は、ダメだな。動いてるところを見られてワイヤーを切られたら終わりだ」


「ここまで降りる時に確認しましたが、そもそもエレベーターは止められていましたね」


「となると階段か」


「その前に」


 エリューシアが端末を取り出した。


「これを見てください」


 画面へ映し出された簡易マップ。


 そこには小さな光点が表示されていた。


「これは?」


 終司は画面を見る。


「終司の端末の位置を私の端末で捕捉しました。地上との連絡は相変わらず取れませんが……」


「いや、充分だ。ここにいけば没収された武器も取り返せるかもしれないしな」


「ええ、おそらく」


 エリューシアが頷く。


「……反応は地下九階ですね」


「一つ上か」


「はい」


 終司は息を吐く。


 まずは装備の回収だ。


 狭い空間での戦闘には不向きかもしれないが、武器が無い今の状態は流石に心許ない。


「行こうか」


「はい」


 そして、二人は地下九階へ続く階段へ足を踏み入れた。


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