第82話 事件の背景
「まどろっこしいな」
地下施設の空気が静まる。
ラルスが腕を組みながら眉をひそめた。
「結局なんなんだよ?」
「魔女狩り事件ですよ」
クエトは即答した。
終司の表情が変わる。
「……何?」
「教祖様の件も、学院内で起きた事件も……そして私を狙った襲撃も」
穏やかな声音。
だが、その内容は決して穏やかではない。
「全ては、あの事件から続いています」
終司は黙って聞く。
クエトは続けた。
「魔女狩り事件の後、第二世代の魔法使いが誕生しました」
失われた魔法使いの魔法を補うように、突然に。
「この学院が設立され、レナルス教の信仰もまた、以前とは比較にならない規模で広がった」
魔女狩り事件は世界を変えた。
魔法使いと非魔法使いの関係。
国の在り方に教育制度。
全てが変わった。
「終司くん」
クエトが静かに問う。
「そもそも、魔女狩り事件とは何だったと思いますか?」
終司は即答した。
「反魔法派による大規模テロだ。フォーラムに集まった魔法使いを一度に根絶やしにするためのな」
「ええ」
クエトは頷く。
「世間一般ではそう認識されています」
そして、静かに首を横へ振った。
「ですが、それは表向きの目的に過ぎません」
ラルスが眉をひそめる。
「なら、本当の狙いは何だってんだ」
「当時、多くの者はこう考えていました」
クエトは淡々と言う。
「魔法使いへの差別を無くそうと活動していたアヴレイン・フラウレス。つまり、現学院長こそが標的だったと」
終司もそれは知っている。
当時のアヴレインは象徴だった。
反魔法派にとって最も邪魔な存在。
だからこそ狙われた。
そう考えられていた。
「ですが、違いました」
クエトは断言する。
「標的はあの人ではなかった」
「なら、何だったと言うんだ」
終司が問う。
クエトはゆっくりと口を開く。
「その娘……エリューシア・フラウレスですよ」
沈黙が落ちた。
ラルスが思わず声を漏らす。
「……あの能面女だと?」
「ええ」
クエトは頷く。
「最初から、彼女こそが狙いだった」
終司は目を細める。
「その理由は」
「それを語る前に――」
クエトが言い掛けた。
その時だった。
「……それは本当なのですか?」
静かな声。
終司とラルスが同時に振り返る。
入口に立っていたのは一人の少女。
薄桃色の髪に蒼い瞳。
「……来たのか」
終司が僅かに目を見開く。
彼女は真っ直ぐクエトを見ている。
クエトもまた彼女を見た。
そして穏やかに微笑む。
「おや、ご本人が来られましたか」
エリューシアは一歩前へ出る。
普段の無表情とは違う。
その瞳には明らかな動揺があった。
「答えてください」
静かな声だった。
だが、その場の誰よりも強い意志が込められている。
「私が原因だったという話は、本当なのですか?」
地下施設が静まり返る。
クエトは数秒だけ沈黙した。
そして、静かに頷いた。
「ええ、本当です」
エリューシアの瞳が揺れる。
「それなら、その理由を聞かせてください」
エリューシアが問う。
クエトは目を細めた。
まるで懐かしい何かを見るように。
「貴女は――」
その瞬間だった。
轟音。
地下施設の扉が勢いよく開かれる。
「全員動くな!」
武装した隊員たちが雪崩れ込んでくる。
空気が一変した。
隊員たちは周囲の惨状を見て顔を引きつらせる。
砕けた壁に崩れた天井。
焼け焦げた床。
つい先程まで激戦が行われていたことは誰の目にも明らかだった。
「ちっ」
ラルスが舌打ちする。
「いいところだったのによぉ」
「クエトとの接触は禁止されている。事情を話して貰うぞ」
隊員たちが間へ割って入る。
クエトは抵抗しなかった。
ただ静かに微笑むだけ。
そのまま拘束椅子ごと運ばれていく。
そして、部屋を出る直前にクエトは終司へ視線を向けた。
「終司さん」
クエトは穏やかに笑う。
「私と戦ったあの場所へ行ってみることです」
終司の眉が動く。
「あそこに」
クエトは静かに続ける。
「貴方が探している答えの一つがあります」
そして、最後に意味深な笑みを浮かべた。
「もっとも――まだ残っていれば、ですが」
そう言い残し、祭司クエトは隊員たちと共に地下施設の奥へ消えていった。
残されたのは、さらに深くなった謎だけだった。




