第81話 戦いの後に
地下研究施設には、未だ焦げ臭い匂いが残っていた。
砕けた壁。
焼け焦げた床。
散乱した研究機材。
つい先程まで行われていた激戦の痕跡が、そこら中に刻み込まれている。
「ったく……派手にやりやがって」
ラルスが瓦礫を踏みながら肩を回す。
赤黒い籠手から、まだ熱が立ち上っていた。
「お前もだよ」
終司は壁へ背を預けながら短く返す。
腕が痛む。
肋骨にも嫌な感覚が残っていた。
まともに何発か貰っている。
対してラルスも無傷ではない。
以前のクエトとの戦闘で負った傷がまだ完全には治っていないのだろう。
動くたびに僅かに顔をしかめている。
「で?」
ラルスが終司を見る。
「何なんだ、あれはよぉ?」
「流石に誤魔化せないか」
終司は小さく息を吐いた後、語り始める。
レナルス教の教祖の死。
そして、クエトへ接触しようとする何者かが現れる可能性。
一通りを簡潔に説明する。
ラルスは途中で茶化すこともなく聞いていた。
「なるほどな」
話を聞き終えたラルスは、口元を歪める。
「つまり、さっきの野郎はこの祭司を狙って来たってわけか」
「可能性は高い」
終司は頷く。
「へぇ」
ラルスがちらりとクエトを見る。
拘束椅子へ座らされた祭司は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「人気者じゃねぇか」
「ふふ、光栄ですね」
クエトは上品に笑う。
全く緊張感が無い。
つい先程まで殺されかけていたとは思えない態度だった。
「つーかよぉ」
ラルスが再び終司を見る。
「お前、なんで刀を抜かなかった?」
終司は少し黙った後、周囲を見回した。
「ここがどこだと思ってる」
「あ?」
「学院の……それも、隠されていた魔法研究施設だ」
終司は静かに言う。
「こんな場所で刀を抜いて、変なものを斬るわけにはいかないだろ」
ラルスの眉が僅かに動く。
終司の力は特殊だ。
魔法を断ち切り、術式を破壊する。
慎重にならざるを得ない。
「地下区画ごと吹き飛ばす可能性もある。そうなったら、元も子もない」
「……あー」
ラルスが納得したように頷く。
「確かにそれは洒落になんねぇな」
「それに」
終司は自分の刀を見る。
「相手は魔法使いではなかった」
「ああ」
「この狭さで抜けば、小刀とはいえ逆に取り回しで不利になる」
実際、あの黒衣の男は異常な速度で接近してきた。
抜刀の隙を狙われれば終わる。
だからこそ、素手で応戦せざるを得なかった。
「なるほどな」
ラルスは笑う。
「ちゃんと考えて戦ってんじゃねぇか。勢い任せにぶった斬ってるだけだと思ってたぜ」
「お前と一緒にするな」
「ははっ」
ラルスは楽しそうに笑った。
だが、その直後。
終司は小さく目を細める。
「……それより問題はこっちだ」
視線の先の拘束されたクエト。
ラルスも表情を引き締めた。
「だな」
あれだけ暴れたのだ。
学院側の人間もここへ来るのは時間の問題だろう。
そうなる前に、聞けることは聞いておく必要がある。
終司はクエトの前まで歩み寄る。
「話してもらうぞ」
「何をです?」
「教祖についてだ」
クエトは数秒、終司を見つめた後。
静かに笑った。
「……ええ、構いませんよ」
「魔法では殺せないと言ったな」
終司が低く言う。
「どういう意味だ?」
クエトは拘束されたまま、小さく息を吐いた。
「レナルス教教祖――レナルス様は、人間ではありません」
地下施設の空気が静まる。
ラルスも黙って耳を傾けていた。
「正確には、"魔法生命体"です」
「……魔法生命体?」
「ええ」
クエトは穏やかに頷く。
「膨大な魔力情報の集合体。肉体を持たず、精神のみで存在しています」
終司の目が細まる。
「なんだそれ。取り憑いたりすんのか?」
「おや、ラルスくん鋭いですね」
クエトは笑った。
「レナルス様は定期的に器を変えます。適合する肉体へ精神を移し替えることで、半永久的に存在し続けている」
「じゃあ、見つかった死体は」
「あくまでも"現在使用していた器"に過ぎません」
クエトは即答した。
「本体ではないのですよ」
ラルスが顔をしかめる。
「……気色悪ぃ話だな」
「理解を得ようなどとは思っていませんよ」
クエトは淡々と返す。
「ですが、それこそがレナルス教の神秘です」
「なら、今教祖はどこにいる」
終司の問いに、クエトは静かに答える。
「御神体ですよ」
「御神体?」
「レナルス様の核です」
その声音だけが、僅かに厳かだった。
「器を失った際、レナルス様の精神体は御神体へ帰還するのです」
「つまり」
終司が整理する。
「今の教祖は、肉体を失って核へ戻っている状態か」
「ええ」
クエトは頷く。
「そして、魔法では決して傷付かない」
終司は黙り込む。
それが事実なら、教祖殺害事件そのものが、最初から成立していない。
「だから、あの男はお前を狙った」
ラルスが言う。
「御神体の場所を知ってんのは、お前だからか」
「その通りです」
クエトは穏やかに笑う。
「御神体の所在を知るのは私だけ。そして、このことを知っているのは教団でも幹部以上のみです」
「他の幹部は?」
終司が問う。
すると、クエトは僅かに沈黙した。
「……恐らく、既に全員殺されているでしょうね」
空気が冷える。
「何?」
「この件を知っている者から、順番に消されているのでしょう」
クエトは淡々と言った。
「だから、次がお前だったと」
「ええ」
終司は目を細める。
つまり敵の目的は明確だ。
教祖そのもの……レナルスという存在の完全破壊。
「何故、今なんだ」
終司が低く問う。
「どうしてこのタイミングで動く」
クエトは答えない。
ただ、その口元だけがゆっくり吊り上がった。
「……おや」
祭司は静かに呟く。
「まだ、気付いておられないのですね?」
「何にだ」
その言葉に。
終司とラルスの表情が同時に変わった。
クエトは笑う。
まるで全てを理解しているかのように。
「全ては、もう既に始まっていたのですよ」




