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第80話 狂炎の乱入

 地下研究施設が、小さく震えた。


 天井から細かな砂埃がぱらぱらと落ちる。


 終司が睨んだ瞬間だった。


 轟音。


 研究施設の外壁が、文字通り吹き飛んだ。


 爆炎と衝撃波。


 砕けた壁の破片が室内へ雪崩れ込む。


 黒衣の男ですら、僅かに視線をそちらへ向けた。


「――はっ、やっぱ面白ぇことになってんじゃねぇか」


 炎の向こうから、一人の男が姿を現した。


 青紫の髪。


 鋭い蒼眼。


 獰猛な笑み。


 制服のジャケットを肩で羽織り、ピアスが白い照明を反射している。


 両腕には赤黒い大型の籠手。


 そこから漏れ出す熱量だけで、地下施設の温度が一気に上がった。


 終司は思わず眉をひそめる。


「……ラルス」


 四耀――特級序列二位。


 ラルス・アングヴァルドだった。


「よぉ、終司」


 ラルスは燃え残る瓦礫を踏みながら笑った。


「こんなところに入り込んだと思ったら、地下で殺し合いとはな」


「つけて来てたのか」


「暇すぎたんでなぁ」


 ラルスは肩をすくめる。


「怪我のせいでトーナメントは出場停止。そんで、学院を適当にぶらついてたら、お前がこそこそしてたんでなぁ」


 蒼い瞳が黒衣の男へ向く。


「そしたらよぉ、そんなお前を追ってこんな胡散臭ぇ奴がいやがった」


 口元が吊り上がる。


「俺も追いかけるしかねぇだろ?」


「そのまま見ない振りをしておけば良かっただろ」


「できると思うか? 俺に」


 ラルスは笑った。


 だが、その瞬間。


 黒衣の男が動く。


 爆発的な踏み込み。


 一瞬でラルスの目前へ迫り、短剣を振り抜く。


 だが。


「おっと、やらせねぇぜ?」


 ラルスは片腕だけでその斬撃を受け止めた。


 金属音。


 籠手へ刃が食い込む。


 しかし、それ以上は通らない。


 黒衣の男の動きが僅かに止まる。


 その瞬間だった。


「—— "弾け飛べッ!(ヴァン・ブレイズ)"」


 ラルスの籠手が赤熱した。


 轟炎。


 至近距離から噴き出した爆炎が、黒衣の男を真正面から吹き飛ばす。


 そのまま壁へと激突。


 衝撃で研究設備が吹き飛び、火花が散る。


「おっとぉ」


 ラルスが楽しそうに笑う。


「今のを喰らって立てんのか」


 瓦礫の中。


 黒衣の男がゆっくり立ち上がった。


 仮面の一部が焼け落ちている。


 だが、その動きに鈍りはない。


「……四耀か」


「ご名答」


 ラルスは指を鳴らした。


 その周囲へ、赤い火花が渦を巻く。


「で、何だこいつは。今日はコスプレイベントでもあんのか?」


「彼は魔女狩りです」


 クエトが横から穏やかに答えた。


「魔法使い殺しの専門家ですよ」


「ほぉ?」


 ラルスの笑みが深くなる。


「そりゃ面白ぇ」


 終司は小さく息を吐いた。


「ラルス、お前まだ怪我が治ってないだろ」


「そりゃお互い様だろ」


 ラルスは鼻で笑う。


「そんな顔でよく言うぜ。お前、ボロボロじゃねぇか」


 実際その通りだった。


 終司の腕からは血が流れている。


 呼吸も浅い。


 対して黒衣の男は、まだ余力を残していた。


「だがまぁ」


 ラルスが籠手を打ち鳴らす。


「魔法使いじゃねぇなら、俺向きだわな」


 瞬間、ラルスが消えた。


 終司ですら一瞬見失う速度。


「"燃え尽きろッ(ブレイズ・アッシュ)"!」


 轟音。


 黒衣の男の身体が横殴りに吹き飛ぶ。


 ラルスの拳。


 炎を纏った打撃が、純粋な膂力だけで相手を叩き潰していた。


 だが、黒衣の男も即座に体勢を立て直す。


 着地と同時に床を蹴砕き、ラルスへと肉薄。


 短剣が閃く。


 喉。


 心臓。


 眼球。


 急所のみを狙った殺人術。


「ははっ!」


 ラルスは笑いながらそれを捌く。


 籠手で受け。


 肩で逸らし。


 至近距離から炎を叩き込む。


 まるで怪物同士の殴り合いだった。


 衝撃だけで研究施設が軋む。


 終司はその隙に呼吸を整える。


「終司!」


 ラルスが叫んだ。


「ぼーっとしてんじゃねぇぞ!」


 黒衣の男がラルスへ短剣を振り下ろす。


 その瞬間、終司が踏み込んだ。


 男の死角。


 そこへ滑り込み、掌底を脇腹へ叩き込む。


 僅かに体勢が崩れる。


 ラルスの炎拳が炸裂した。


 爆音。


 黒衣の男が壁を突き破る。


「……ちっ、硬ぇな」


 ラルスが舌打ちする。


「普通なら今ので消し飛ぶぞ」


「身体強化だと思うか?」


「いや、違ぇな」


 ラルスは目を細める。


「こいつのフィジカルが単純にずば抜けてやがる。どんな鍛え方してんだ」


 黒衣の男がゆっくり立ち上がる。


 焦げた黒衣。


 割れた仮面。


 その奥から覗く眼だけが、静かに二人を見据えていた。


「なるほど」


 低い声。


「大した戦闘力だ。この狭さで協力されると厄介だな」


「そりゃどうも」


 ラルスが笑う。


「で、まだやるか?」


 男は答えない。


 代わりに、視線だけをクエトへ向けた。


 一瞬。


 空気が止まる。


 終司はそれを見逃さなかった。


「……目的は、やはりクエトか」


「さてな」


 男は短く返す。


 だが、その瞬間には既に後退していた。


 床を蹴り。


 砕けた外壁へ飛ぶ。


「おっと、逃がすかよ……ッ!」


 ラルスが炎を放つ。


 紅蓮の奔流。


 地下通路を埋め尽くすほどの火炎。


 だが、男はそれすら読んでいたように身を捻り、最低限の動きで回避する。


 そして。


「次は殺す」


 それだけを残し。


 黒衣の男は闇の奥へ消えた。


 静寂。


 焦げ臭い空気だけが残る。


 ラルスは舌打ちした。


「ちっ、逃げ足も速ぇな」


「……助かった」


 終司が言う。


「は?」


 ラルスが笑う。


「気持ち悪ぃな。俺にそんなこと言うタマじゃねぇだろ?」


「言いたくて言ってるわけじゃない。お前に借りを作りたくないだけだ」


「ははっ、この間の地下での件はこれでチャラだな?」


 ラルスは楽しそうだった。


 だがその時。


 拘束椅子の上で、クエトが静かに笑った。


「どうやら」


 祭司は穏やかに目を細める。


「死に損なってしまったみたいですね」

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