第78話 襲撃者
地下研究施設の最奥。
白い照明が、無機質な空間を静かに照らしていた。
拘束椅子へ座らされた祭司クエトは、その瞳で終司を見上げる。
両腕。
両脚。
首。
全身を拘束具で固定されているにも関わらず、その表情に焦りは存在しなかった。
「元気そうだな」
「ええ。こう見えて、意外と快適でしてね」
穏やかな口調。
まるで礼拝堂で説法でもしているような声音だった。
終司は壁へ軽く背を預ける。
ここまで来る間、襲撃者の姿はなかった。
警備も最低限。
誰かが侵入した形跡も無し。
ワルクスが警戒していた"接触"は、起きていない。
「……杞憂だったかもな」
「何の話でしょう?」
「独り言だ」
終司は短く返した。
クエトは拘束されたまま、小さく肩を揺らして笑う。
「それで?」
瞳が細められる。
「貴方は、何をしにここへ来たのです?」
「確認だ」
「確認、ですか」
終司の言葉に、クエトは少しだけ目を細めた。
「……魔女狩り事件の真相を、私から聞き出しに来たと?」
「いや、違う」
終司は静かに答える。
「レナルス教の教祖が死んだ」
一瞬。
空気が止まった。
だが次の瞬間。
「――くく」
クエトは笑った。
低く。
喉の奥で嗤うような笑い声。
「何がおかしい」
「ああ、失礼」
クエトは楽しげに目を細める。
「ですが、あまりにも滑稽で」
「……何?」
「それを本気で信じているのですか?」
終司は眉をひそめる。
「現に遺体が見つかってる。死因が魔法ということも判明済みだ」
「だから何だと言うのです?」
クエトは即答した。
「あの御方が、その程度で死ぬはずがないでしょう」
終司の視線が鋭くなる。
「どういう意味だ」
「言葉通りですよ」
クエトは拘束されたまま、静かに笑う。
「そもそも、死因が魔法という時点で有り得ません」
「……何?」
「理解出来ませんか?」
口角が上がる。
「あの御方は、"魔法では殺せない"」
地下施設の空気が、さらに冷えた気がした。
終司は黙ってクエトを見る。
この男が嘘をついているようには見えない。
少なくとも、自分の言葉を本気で信じている。
「……なら、見つかった死体は何だ」
「さあ」
クエトは肩をすくめる。
「ですが少なくとも、あの御方本人ではないでしょうね」
終司は小さく目を細める。
魔法で死なない。
それが事実なら、前提が崩れる。
教祖の殺害。
クエトの暴走。
学院内での事件。
全てが別の意味を持ち始める。
「お前、どこまで――」
終司が問い掛けた、その瞬間だった。
「――案内ご苦労だったな」
不意に。
背後から声が響いた。
同時。
強烈な殺気。
反射的に身体を捻る。
直後――。
轟音。
終司が立っていた場所を、黒い影が一直線に駆け抜けた。
床が砕け、衝撃波で空気が爆ぜた。
終司は後方へ飛び退きながら着地する。
視線を向ける。
そこに立っていたのは、黒衣の男だった。
顔は仮面で隠されている。
だが、それでは隠しきれない異様な圧迫感があった。
終司は即座に違和感へ気付く。
「……魔力が、無い?」
そう。
目の前の男から、魔法使い特有の魔力反応が感じられなかった。
だが、次の瞬間。
男の姿が消える。
「――っ」
終司は咄嗟に腕を交差させた。
衝撃。
凄まじい膂力。
殴打だけで終司の身体が吹き飛ぶ。
壁へと激突し、そのまま壁が砕け散る。
「ぐっ……!」
終司は即座に受け身を取り、着地する。
速い。
純粋な身体能力だけで、人間離れしている。
「ほう」
仮面の男が低く呟く。
「今ので死なないか」
終司は男を睨む。
魔法使いではない。
つまり――。
対魔法使いにおける終司最大の強みを、真正面から無効化してくる相手。
クエトが拘束椅子の上で、小さく笑った。
「なるほど」
穏やかな声音。
「そういうことですか」
「知ってるのか?」
「ええ」
クエトはその視線を黒衣の男に向ける。
「彼はおそらく、"魔女狩り"ですので」
直後、黒衣の男が再び消えた。
終司は反射的に身体を沈める。
頭上を蹴撃が通過。
風圧だけで天井が砕けた。
「……ちっ」
終司は低く舌打ちする。
最悪だ。
魔法を使わない相手。
それはつまり――終司にとって、最も相性の悪い敵だった。




