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第77話 本校舎地下

『もしもし、兄さん。今、学院のどの辺りですか?』


 耳元の通信端末から、冴鳴の声が響く。


 学院長から特例で許可されている外部通信だ。


「本校舎だ。ワルクスから話は聞いたけど、俺に黙って色々やってるみたいだな?」


『全部兄さんのため、ですよ。そんなことより……』


 相変わらず淡々とした声音。


 だが、その裏に僅かな緊張が混じっていることを終司は理解していた。


『クエトの拘束場所ですが、学院側も完全秘匿にしているようでどこにもデータはありませんでした』


「……当たり前のように学院のデータベースに侵入してるな、これは」


『足はついても兄さんのせいになりますから、安心してください。とはいえ……』


 レナルス教の祭司。


 学院内で事件を起こした張本人。


 そんな情報が外に漏れれば、それだけで混乱を招く。


『どこで拘束しているかが分かっているなら話は別です』


 冴鳴の声が続く。


『本校舎の内部構造データを確認してみました。少し妙な箇所があります』


「妙?」


『本校舎の下にも、地下区画があります』


 終司は足を止めた。


『本校舎のフロアは実際の空間容積と、公開されている内部構造に誤差があります』


「つまり、隠し区画か。学院には地下区画なんてないって、聞いていたが……」


 薄桃色の髪の彼女が脳裏に浮かぶ。


『可能性は高いですね』


 冴鳴はさらりと言う。


『学院側が非公開の研究施設を保有していても不思議ではありませんし、むしろある方が自然かと』


「……相変わらず、さらっとそういうことを言うよな」


『事実ですので』


 毒気のない声だった。


 終司は苦笑しながら、本校舎内を探索する。


 昼間だというのに、人の気配はない。


 生徒も教師も、大半が学術祭の運営と観戦へ回っているのだろう。


『東の階段へ向かってください』


「ああ」


 もし本当に重要区画があるなら、監視されている可能性も高い。


 例の教祖殺しの犯人の件もある。


 終司は足音を殺しながら進んでいく。


『到着しましたね。その階段の隣の部屋です』


「見えてるのか?」


『学院内部の監視システムに軽く侵入していますので』


「軽くで済む話か、それ」


『問題ありません。バレるようなヘマはしません』


 終司は小さく息を吐いた。


 この妹、本当に時々怖い。


 東階段の奥の部屋は資料保管庫や管理設備が並ぶ、無機質な場所だった。


 人気は相変わらずない。


 天井の灯りだけが静かに白い光を落としている。


『そのまま左奥へ』


 冴鳴の指示通り進む。


 行き止まり。


 一見、ただの壁。


 だが。


「……なるほどな」


 終司は目を細めた。


 壁際の床に、微かな擦れ跡がある。


 重いものが横へスライドした痕跡。


 しかも比較的新しい。


『気付きましたか』


「ああ」


 終司は壁へ近付く。


 表面を軽く叩く。


 音が違う。


 奥に空間がある。


「開閉式か」


『恐らく魔力認証です』


「面倒だな」


 終司は壁へ手を触れる。


 魔力の流れを探る。


 微弱な術式反応。


 隠蔽系。


 だが構造自体はそこまで複雑ではない。


「……ここか」


 終司が特定した瞬間。


 壁の一部へ魔力を流し込む。


 次の瞬間。


 低い駆動音が響いた。


 壁が横へスライドしていく。


『正解ですね』


「案外あっさりだったな」


『恐らく、学院関係者しか存在を知らない施設ですから。侵入前提の設計ではないのでしょう』


 現れたのは、地下へ続く階段だった。


 冷たい空気が下から流れてくる。


 終司は短く息を吐くと、そのまま階段を降り始めた。


 一段。


 また一段。


 下へ行くほど空気が変わる。


『……研究施設ですね』


 冴鳴が呟く。


 階段を抜けた先には、広い地下フロアが存在していた。


 白い壁。


 無機質な照明に、並ぶ観測装置。


 魔力解析機材。


 封鎖された研究室。


 学院の地下とは思えない設備群。


「随分と金が掛かってそうだ」


『国家レベルの予算が動いていても不思議ではありません』


 静かな施設だった。


 だが完全な無人ではない。


 奥の方から微かに人の気配を感じる。


「警備は?」


『大丈夫です。ワルクスさんの読み通り、学術祭側の警備で手一杯なのでしょう』


「今なら動きやすいわけか」


『はい』


 もし教祖殺害に関わる人間がクエトへ接触するなら、警備が薄くなる今しかない。


 模擬戦トーナメントもこれからが一番盛り上がりを見せる。


 つまり、最も狙いやすいタイミングは今だ。


 終司はゆっくりと施設内部を進んでいく。


 途中、ガラス越しに奇妙な研究機材も見えた。


 魔力波形の解析装置。


 そして――見覚えのある結界石。


「……なるほど」


 結界魔法。


 失われた技術。


 この施設は、その研究も兼ねているのかもしれない。


『兄さん』


 冴鳴の声が少し低くなる。


『最奥から、高密度の魔力反応を確認しました』


「クエトか?」


『可能性は高いです』


 終司は歩みを速める。


 施設の最奥。


 ガラス張りの部屋があり、結界石が幾重にも配置されていた。


「厳重だな」


『特級危険人物ですから、当然でしょう』


 終司はそれに近付く。


 内側から、あの気配を感じる。


 そして、その部屋の中……そこには、一人の男が拘束されていた。


 両腕。


 両脚。


 首。


 全身を術式付きの拘束具で固定されている。


 それでもなお、その存在感だけは消えていなかった。


 レナルス教祭司――クエト。


 終司を見た瞬間。


 男は、ゆっくりと目を細めた。


「……おや」


 乾いた声が響く。


「あなたが来ましたか」


 地下施設の空気が、静かに張り詰めた。

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