第76話 偵察
フィールドでは次の試合開始を告げるアナウンスが響いていた。
第三訓練場は依然として祭りの中心だった。
だが、終司たちの周囲だけは少し空気が落ち着いている。
「……さて」
ワルクスが背もたれへ身体を預けながら口を開いた。
「そろそろかな」
終司はちらりと横を見る。
さっきまで軽口を叩いていた男の目が、僅かに鋭くなっていた。
「クエトの件か?」
「うん」
ワルクスは頷く。
「学術祭二日目の今日は、この会場にほとんどの人間が集まる」
「そうだな」
「当然その間、ここ以外の警備は手薄にならざるを得ない」
観客席から大きな歓声が上がる。
フィールドでは派手な炎魔法が炸裂していた。
「確かに今なら動きやすいか」
「学院最大のイベント中だからね。しかも、あの学生会長の試合の直後でかなり盛り上がってる」
ワルクスが静かに言う。
「警備人員も相当の数がこっちへ割かれてるはず。何せ、どの来賓も世間ではそれなりの立場の人間ばかりたからね」
「……もしクエト先生を狙うなら今、ってことですか」
旭が少し不安そうに言った。
「あくまでも可能性の話だよ。何もないかもしれないしね」
ワルクスは否定しない。
旭も流石に笑ってはいなかった。
「警戒するのはいいとして」
終司が腕を組む。
「クエトの拘束場所が分からない」
「そこは学院側しか知らないだろうね」
「手探りか……」
「ただ」
ワルクスが少し声を落とした。
「今、自由に動けるのは君くらいだ」
終司は黙って聞く。
「僕は来賓側の立場がある。変に動けば目立つ」
「私も今回は難しいですねー」
旭も肩をすくめた。
「模擬戦中に生徒が会場外をうろうろしてたら、絶対怪しまれます」
「だから終司」
ワルクスの金色の瞳が向けられる。
「君が行くのが一番自然だ」
終司は数秒考え。
やがて小さく息を吐いた。
「分かった」
「助かるよ」
「何もなければすぐに引き返すぞ?俺も変な疑いをかけられても困るしな」
「もちろん」
ワルクスは頷く。
「君の立場が悪くなっても困るからね」
終司は立ち上がる。
その瞬間、旭も慌てて顔を上げた。
「あ、なら私は会場を見てますよー」
「なるほど、試合の監視か」
「ですです」
旭は真面目な顔になる。
「もしこっちで変なことが起きたら、すぐ連絡します」
「分かった。頼む」
「任せてくださいー」
軽い調子で言っているが、目は本気だった。
ワルクスも立ち上がる。
「それじゃ、僕も戻るよ」
白スーツの青年は笑う。
「このタイミングで妙な動きをする来賓がいないか見ておきたい」
「やけに積極的だな。この件がお前のメリットになるとは思えないが」
「失礼だなぁ」
ワルクスは肩をすくめる。
「善良な市民兼、経営者なんだから、犯罪調査への協力は惜しまないさ」
「世界最大手の社長が善良を名乗ると胡散臭いな」
「君に言われたくはないね」
だが、ワルクスは楽しそうだった。
そして最後に、少しだけ真面目な声になる。
「終司、これを君に渡しておくよ」
「何だ、これは?」
ワルクスは、銀のネックレスを終司に渡す。
棒状のプレートに、チェーンが通してあるだけのシンプルなデザインだ。
「それなりに価値がある。依頼料代わりに受け取っておいてくれ」
「依頼料ならいつも振り込みだろうが。またお前のところの経理に怒られるぞ?」
「君にタダ働きをさせて冴鳴くんに怒られる方が問題だからね」
「……お前、あいつのこと好き過ぎだろ」
「勿論だとも。それと、気を付けてくれ。君に何かあったら冴鳴くんが悲しむ」
その言葉だけは冗談ではなかった。
終司もそれを理解している。
だから軽口では返さず、小さく頷いた。
◇
第三訓練場を出ると、急に周囲が静かになった。
遠くから歓声は聞こえてくる。
本校舎へ続く石畳の道。
「……確かに」
終司は周囲を見回す。
「誰もいないな」
普段ならもっと人がいるはずだった。
学術祭中とはいえ、学院は中央都市の重要機密施設でもある。
警備が甘いわけではない。
それでも今は、模擬戦トーナメントへ警備が集中しているのが分かる。
そのまま本校舎へ向かい、中へと入る。
静かな廊下に白い壁。
磨かれた床に、足音だけがやけに響く。
「さて、問題は……」
終司は立ち止まった。
「どこにいるか、だな」
クエトがここに拘束されていること自体は知っている。
だが場所までは知らない。
地下。
隔離区画。
医療棟。
あるいは、もっと別の場所か。
適当に探して見つかるとは思えなかった。
「表立って学院長に聞くわけにもいかないしな」
もしクエトを狙う者がいると仮定するなら、変に動けばこちら側がその情報を得ていることを伝えることになりかねない。
終司は小さく息を吐く。
どうするべきか。
そう考えた、その時だった。
――ぶるり。
胸ポケットの端末が震えた。
この学院内で、終司に直接通信を飛ばせる人間は限られている。
端末を取り出す。
画面に表示された名前を見て、終司は小さく呟いた。
「本当に優秀な助手だな」
静かな廊下の中。
通信着信の光だけが、淡く明滅していた。




