第75話 Q.E.D
歓声は、しばらく鳴り止まなかった。
フィールド中央では、エリューシアとルードが軽く言葉を交わしている。
敗北したにも関わらず、ルードの表情はどこか晴れやかだった。
本気で挑み、本気で叩き潰された。
だからこそ納得出来るのだろう。
「いやぁ、良い試合だったね」
ワルクスが感心したように言った。
「特に最後の魔力干渉。あの精度は見事と言う以外にないよ」
「ルード先輩も惜しかったですよね」
旭が苦笑する。
「干渉系って、対策が難しいですしー」
「それでも、彼女の方が一枚上だったな」
終司が静かに呟く。
ワルクスはちらりと終司を見る。
「そういう君は、出ないのかい?」
「俺?」
「うん」
ワルクスは楽しそうに笑った。
「君が出たら、盛り上がると思うんだけど」
「いや、出られないだろ」
終司は即答した。
「これは学院内のトーナメントだぞ?」
「あー」
旭も納得したように頷く。
「特別枠とか無いですからねー」
「うーん、残念だな」
ワルクスは肩をすくめた。
「個人的に見てみたかったんだけど」
「見世物じゃないぞ」
「誰かと手合わせとかはしなかったのかい?」
その言葉に、旭がぱっと顔を上げた。
「あ、エリューシア先輩とは模擬戦しましたよー」
「……余計なことを」
「えー、だって凄かったじゃないですか」
旭は興奮したように身を乗り出す。
「あのエリューシア先輩相手に互角に立ち回ってましたし」
「お互いに様子見だったからな」
「普通に魔法をスパスパと斬ってたじゃないですかー」
ワルクスの目が少し細められる。
「彼女相手でも問題無しか。やっぱり、魔法なら何でも斬れるんだね」
興味深そうな声音だった。
「それで、どっちが勝ったんだい?」
「引き分けでしたー」
終司が答える前に旭が言った。
「本当に凄かったんですから」
「へぇ……」
ワルクスが楽しそうに笑う。
「それは見たかったなぁ」
「お前は、解析したいだけだろ?」
「当然だよ」
悪びれもしない。
「君の魔法は特別だからね」
「……ほどほどにしてくれ」
終司は小さく息を吐く。
実際、あの力は普通ではない。
魔法そのものを断ち切る能力。
理屈だけで言えば滅茶苦茶だ。
「そういえば」
旭がふと首を傾げた。
「終司先輩って、詠唱しませんよね?」
「ん?」
「魔法名も言わないですし」
「ああ……」
終司は少し考える。
「別に必要ないからな」
「必要ない?」
今度はワルクスまで興味深そうな顔をした。
「普通、魔法は詠唱で術式を安定させるだろう?」
「一般的にはな」
終司は頷く。
「最終的に重要なのは術式の構築と発動だ。そこを完全に制御出来るなら、詠唱は省略出来る」
「理論としては正しいけど」
ワルクスが苦笑する。
「それを実戦レベルでやれる人間はほぼ居ないよ」
「だから先輩、魔法使う時いつも静かなんですねー」
旭は納得したようだった。
「なんかちょっとズルいですね」
「何がだ」
「前触れもなく、急に斬ってくるじゃないですかー」
「いや、急もなにも戦闘中に事前説明なんてしないだろ」
「それはそうですけどー」
旭が唇を尖らせる。
「魔法名とか無いんですか?」
「無いよ」
終司は即答した。
「え、無いんですか?」
「無い」
「魔法を斬る魔法なのに?」
「だから何だ」
「絶対名前あった方がカッコいいじゃないですか!」
旭は妙なところで力説した。
ワルクスが吹き出す。
「はは、確かに」
「お前まで乗るな」
「いやでも、君の能力って大層な名前が付いてそうじゃないか」
「興味ない」
終司はばっさり切った。
だが旭は諦めない。
「えー……じゃあ私がつけますよー」
「は?」
「何かこう……それっぽいやつを」
旭は腕を組み、本気で考え始めた。
「魔法を斬る……」
「おい」
「うーん……」
完全に聞いていない。
終司は呆れたようにため息を吐く。
一方でワルクスは面白そうに眺めていた。
「いいじゃないか」
「お前なぁ……」
「こういうのは案外大事だよ?」
「どこがだ」
「ブランドイメージ」
「商品扱いするな」
「はは」
ワルクスは楽しそうだった。
旭はしばらく唸っていたが。
やがて、何か思い付いたように顔を上げる。
「あ」
「思いついたのかい?」
「はい!」
旭はどこか誇らしげだった。
「Q.E.Dです!」
「……キューイーディー?」
終司が眉をひそめる。
「Quintetto Ex Distortion!」
旭が得意げに言った。
「どんな意味だ、それ」
「なんかカッコよくないですか?」
「いや、勢いだけだろ」
「いいえ」
旭はびしっと指を突き付けた。
「終司先輩の魔法って、普通の魔法の理屈から外れてる感じがするんですよ」
終始は説明を黙って聞く。
「だから、既存の魔法体系から外れた――歪みの力、みたいな?」
「うん、センスあるね。語感も悪くない」
ワルクスが感心したように言う。
「FZCの社長さんに言われると照れますね」
旭は嬉しそうだった。
「どうですか、先輩?」
「どうと言われても……」
終司は少し考える。
正直、名前などどうでも良かった。
そんなものを付けたところで、能力の本質が変わるわけでもない。
だが、その言葉の響きは思いの外、胸の中にすっと染み込んでいく。
「……まあ」
旭の期待した目を見て。
終司は小さく息を吐く。
「好きに呼んでくれ」
「許可、頂きましたー」
旭が満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ決定です。先輩の魔法はQ.E.D!」
「完全に気に入ったみたいだね」
ワルクスが笑った。
「ちゃんとこれからは使う時に叫んでくださいねー」
「叫ばないからな」
終司は再びため息を吐く。
フィールドでは次の試合の準備が始まっている。
その中心から少し離れた観客席で。
三人の空気だけは、どこか穏やかだった。




