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第74話 観戦

 静寂の中、エリューシアと対戦相手が向かい合っていた。


 観客席を包む熱気は、先ほどまでとは明らかに違う。


 期待と興奮。


 そして、緊張。


 それら全てが混ざり合い、巨大な訓練場全体を満たしていた。


『特級序列五位――ルード・ダスファール!』


 司会の声と共に歓声が上がる。


 フィールドの反対側に立つ男子生徒。


 短く刈り込まれた灰色の髪。


 鋭い目付き。


 身体の周囲では、既に青白い雷光が小さく弾けている。


「あれが、特級序列か」


 終司が小さく呟く。


「はい」


 旭が頷いた。


「雷魔法の使い手のルード先輩です。四耀に一番近いって言われてます」


「学生の領域を超えてるね、彼」


 ワルクスが感心したように言った。


 金色の瞳が静かにフィールドを見下ろしている。


「魔力制御も出力もかなり完成されてる。優秀な人材だ。欲しがる企業は多いだろうね」


「お前、すぐスカウト目線になるな」


「職業病だよ」


 ワルクスは肩をすくめた。


 確かに、ルードから漂う魔力は異質だった。


 ただ強いだけではない。


 荒々しい雷属性の魔力を、極めて高精度で制御している。


 観客席からの歓声にも、ルードは一切気圧されていなかった。


 むしろ、その視線は真っ直ぐエリューシアへ向いている。


 まさに挑戦者の目だ。


『対するは――四耀が一角』


 司会の声がさらに熱を帯びる。


『現学院序列第一位! エリューシア・フラウレス!』


 歓声が爆発した。


 訓練場そのものが震えたかのような熱狂。


 終司は思わず目を細める。


 凄まじい人気だった。


 対して、フィールド中央へ歩いていくエリューシア本人は、まるで気にした様子もない。


 薄桃色の髪を揺らしながら、静かに定位置へ立つ。


 表情はいつも通り穏やかだ。


「ここまで歓声上がるのは、毎年エリューシア先輩くらいですよー」


 旭が苦笑する。


「強くて可愛くて人格者ですからねー。学院の人気をほぼ全部持っていってます」


「流石としか言えないな」


 終司が小さく息を吐く。


 そんな中、ルードがゆっくり口を開いた。


「楽しみにしていた」


 低く、よく通る声だった。


 観客席が少し静まる。


「会長と戦える機会なんて、そうそう無いからな」


 エリューシアは静かに視線を向ける。


「……私もですよ」


 柔らかな声。


「あなたの雷魔法は、とても優秀ですから」


「光栄だな」


 ルードが口元を歪める。


「でも、俺は褒められて満足するタイプじゃない」


 彼の周囲で雷光が弾けた。


 空気が震える。


「勝つつもりで来た」


 その言葉に、観客席がどよめいた。


 四耀相手に、ここまで真正面から言い切る生徒は少ない。


 実際、これまでの試合でも四耀と当たった生徒はどこか委縮していた。


 だがルードは違う。


 本気で挑むつもりだ。


 それを理解したのだろう。


 エリューシアは、小さく微笑んだ。


「はい」


 その返答は静かだった。


 だが、どこか嬉しそうでもあった。


「私も全力で応えます」


 その瞬間。


 訓練場全体の空気が張り詰めた。


『――試合開始!』


 号令。


 次の瞬間だった。


「—— 奔れ」


 雷光が炸裂する。


 先に動いたのはルードだった。


 青白い雷を脚部へ集中。


 一瞬で加速し、フィールドを滑るように駆け抜ける。


「は、速いっ……!」


 旭が目を見開く。


「雷による身体加速か」


 終司が呟く。


「単純だけど理にかなってるね」


 ワルクスが続けた。


「神経伝達速度そのものを強化してる。かなり高度だよ」


 その瞬間。


「—— Presto《加速せよ》」


 エリューシアの姿が消える。


 正確には、消えたように見えた。


 薄桃色の残像が弾ける。


 自己加速術式。


 以前終司が対峙した時と同じ魔法だ。


「前より、速い」


 終司が目を細め、ワルクスも頷いた。


「流石だね。出力制御が卓越している」


 轟音。


 エリューシアがいた位置へ雷撃が叩き込まれる。


「—— 鳴り響け、ボルティッシュ・ブルー!」


 青白い稲妻が地面を裂いた。


 フィールドが砕け、石片が吹き飛ぶ。


 だがエリューシアは既に背後へ回り込んでいる。


「—— Appassionato《撃ち穿て》」


 六発。


 薄桃色の魔力弾が一直線に放たれる。


 しかし。


「—— 裂けろ、ヴァン・サンディオ!」


 ルードの腕から放たれた雷刃が魔力弾を切り裂く。


 爆ぜる閃光。


 互いの魔力が真正面からぶつかり合う。


「おお……!」


 観客席から歓声が上がった。


「やっぱりルード先輩強いですねー……」


 旭も興奮気味だった。


 だが、終司は気付いていた。


「押されてるな」


「うん」


 ワルクスが静かに頷く。


「対応出来ているだけで、主導権は完全に彼女側だね」


 事実、戦場を支配しているのはエリューシアだった。


 速度。


 射線。


 立ち位置。


 全てを掌握している。


 ルードはそれに食らいついている状態だ。


「それなら……!」


 ルードが強く踏み込む。


 雷光が爆ぜた。


「—— 天雷よ穿て、トニトルス・フィア!!」


 収束された雷撃が槍の形を取る。


 青白い雷槍。


 圧縮された超高密度魔力。


 放たれた瞬間、空気そのものがキィと悲鳴を上げた。


「うわ……!」


 旭が思わず声を漏らす。


「直撃したら結界に穴でも空きそうだね、あれ」


 ワルクスが感心したように呟く。


 雷槍が一直線にエリューシアへ迫る。


 だが、エリューシアは避けない。


 そのまま、静かに片手を上げた。


「—— Agitato《放て》」


 空間へ浮かび上がる幾重もの魔法陣。


 次の瞬間。


 無数の光弾が雷槍へ殺到した。


 轟音と爆発。


 衝撃波でフィールド全体が激しく揺れる。


 煙が舞い上がる。


「まだだ……ッ!!」


 ルードが飛び出す。


 全身へ雷を纏い、一気に加速。


 煙幕を突き破りながら接近する。


「随分と前に出るタイプなんだな」


 終司が呟く。


「雷魔法使いでは珍しいですねー」


 旭も目を丸くしていた。


 普通なら距離を取る。


 だがルードは違った。


 速度と出力で押し切る戦法だ。


 その瞬間、ルードの拳へ雷が収束した。


「—— 轟け、ノヴァ・スパイラ!!」


 轟雷。


 叩き込まれる雷撃。


 だが、その拳は届かない。


 エリューシアの姿が再び消える。


 加速。


 移動。


 回避。


 そして、次の瞬間には、ルードの背後へ立っていた。


「—— Ritenuto《眠れ》」


 静かな詠唱。


 薄桃色の魔力が広がる。


 その瞬間、ルードの身体が大きく揺れた。


「なっ……!?」


 膝が崩れる。


 雷光が乱れる。


 観客席がどよめいた。


「相手の魔法に干渉した……?」


 終司も小さく目を細める。


 魔力による強制干渉。


 一瞬だ。


 だが、一瞬で十分だった。


 エリューシアの銃口は、既にルードへ照準を合わせている。


 完全なチェックメイト。


 数秒の静寂。


 そしてルードは、小さく息を吐いた。


「……参った」


 その言葉と同時。


『勝者――エリューシア・フラウレス!!』


 歓声が爆発した。


 訓練場が揺れる。


 観客たちは総立ちになり、熱狂的な歓声を上げている。


 だが、エリューシア本人だけは変わらない。


 静かなまま、ルードへ手を差し出していた。


「ありがとうございました」


「……はは」


 ルードは苦笑しながらその手を取る。


「手も足も出なかったか」


「そんなことありません」


「いや、あるよ……完敗だ」


 悔しそうに笑うルード。


 だがその表情には、どこか満足感もあった。


 本気で挑み、そして敗れた。


 だからこそ、清々しいのだろう。


「良い試合だった」


 終司は静かに呟く。


 歓声の中心に立つ少女を見ながら。

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