第72話 知人
そこに立っていたのは、白いスーツを纏った青年だった。
整った顔立ち。
光を受けて輝く金髪。
一見すると柔和な笑みを浮かべているが、その奥にある視線だけは妙に鋭い。
周囲の空気から少し浮いている。
ただ者ではない――そう感じさせる雰囲気があった。
旭も、この人は誰だという顔をしている。
だが、終司だけはその顔を知っていた。
「こんなところで、珍しいな」
終司が小さく呟く。
青年は楽しそうに口元を緩めた。
「久しぶりだね、終司」
「確かに久しぶりだな、ワルクス」
その名前に、旭がきょとんとする。
「先輩のお知り合いですかー?」
「ああ」
終司が短く答える。
青年は、軽く会釈してから当然のように終司の隣へ腰を下ろした。
「初めまして」
柔らかな笑み。
「僕はワルクス・ファレーザント。今回は仕事で来てるんだ」
「仕事、ですか?」
「FZCって会社、知ってるかな?」
「あ」
旭の目が丸くなる。
「え、あのFZCですか!?」
「流石に知ってたか」
終司がぼそりと呟く。
「そりゃそうですよ!」
旭が勢いよく言った。
「世界最大手の魔道具メーカーじゃないですか!」
「光栄だね」
ワルクスはさらっと返す。
だが、その態度が逆に異常だった。
世界中に魔道具を供給する巨大企業。
政府にすら影響力を持つ超一流企業。
その社長が、何でもない顔で学生の観客席に座っているのだから。
「……お前、本当に自由だな」
終司が呆れたように言う。
「そう?」
「普通なら、こっちじゃなくてあっちだろ?」
終司は来賓席を指差す。
「堅苦しい場所は苦手なんだ」
ワルクスは肩をすくめる。
「それに、久しぶりに友人と会いたかったしね」
そう言って、ちらりと終司を見る。
終司は小さく息を吐いた。
「冴鳴から聞いたのか」
「うん」
ワルクスは頷く。
「……あいつ、余計なことを」
「別に隠さないといけないことでもないだろう?」
「それはそうだが」
旭はそんな二人を交互に見ている。
「なんか……思ってたより仲良いんですね?」
「はは、彼とは腐れ縁だから」
ワルクスが笑った。
「昔、ちょっと色々あってね」
その言い方は軽い。
だが、終司は知っている。
ちょっとで済むような話ではなかったことを。
ワルクスと出会った事件。
あれがなければ、少なくとも今のこの関係にはなっていない。
「それにしても」
ワルクスはフィールドを見下ろす。
「流石だね。学院の上位ランカーは」
ちょうど下では次の試合が始まっていた。
爆発音。
衝撃波。
歓声。
既に会場全体が熱狂に包まれている。
「特に四耀」
ワルクスは続ける。
「噂以上だ。特に彼女……確か、君の愛人のリトリくん」
「……あれはあいつが勝手に言ってるだけだ」
「そうかい? しかし、医療のスペシャリストだと思っていたけど、戦闘能力も完全に規格外だね」
「あのリトリが戦ってる姿なんて、全く想像出来なかったけどな」
「前に終司に襲いかかってきた暴漢、を体術でねじ伏せてるのを見たことがあった気がするけど?」
「……訂正する。魔法での話だ」
そんな軽口を挟みながらも。
ワルクスの表情は少しずつ真面目になっていく。
終司も、それに気付いていた。
「……で?」
終司が先に口を開く。
「本題は何だ?」
「相変わらずつれないな」
ワルクスは苦笑する。
「普通に会いに来たってだけじゃ駄目なのかい?」
「お前の場合は裏がある」
「ひどい言われようだ」
だが否定はしなかった。
数秒。
フィールドを眺めたまま、ワルクスは静かに口を開く。
「レナルス教の教祖が、遺体で見つかった」
その一言で。
終司の表情が変わった。
旭も「え?」と小さく声を漏らす。
「……ここでしていい話か?」
「むしろ、ここでの方が都合がいい。周りは皆試合に集中してるから僕たちの会話なんて聞こえてないしね」
ワルクスの声音は落ち着いていた。
「この話は、情報規制が掛かってる」
「いつの話だ」
「遺体が見つかったのは昨日の夜。だけど、死後一週間以上は経っているって話だよ」
終司は目を細める。
時期的にちょうど、クエトが動き始めた時期と重なる。
「冴鳴くんから、学院内で妙な事件が起きてるって話を聞いてね」
ワルクスは続ける。
「聞いてみれば、常駐のレナルス教祭司がその事件を引き起こしたって言うじゃないか」
ワルクスの金色の瞳が細められる。
「学院内の事件と教祖の遺体発見のタイミング。偶然にしては出来すぎてるとは思わないか?」
終司は少し黙り込んだ後、口を開く。
「レナルス教内部でも何かあったということか?」
「可能性は高い」
ワルクスは即答した。
観客席では歓声が上がっている。
誰かが派手な魔法を放ったのだろう。
だが、終司の意識はもう試合へ向いていなかった。
「……面倒な話になってきたな」
「君、そういう面倒ごとに巻き込まれる才能あるよね」
「好きでやってるわけじゃない」
「知ってるさ」
ワルクスは笑う。
だが、その笑みもすぐに消えた。
「終司」
「何だ」
「気を付けた方がいい」
白スーツの青年は、静かに言った。
「今回の件、そう簡単な話じゃ無さそうだ」
その言葉を最後に。
フィールドでは再び、大きな歓声が上がった。




