第70話 模擬戦トーナメント
第三訓練場へ辿り着いた頃には、既に観客席の大半が埋まっていた。
巨大な円形闘技場。
結界石により、何重にも展開された結界。
中央には、白線で区切られた広大な戦闘フィールド。
観客席の上空には大型の投影魔法まで展開されており、離れた位置からでも戦況が見えるようになっている。
終司は思わず周囲を見回した。
「想像以上だな」
「学院一番のイベントですからねー」
確かにその熱気は凄まじい。
生徒だけではない。
スーツ姿の政府関係者。
軍関係者らしき集団。
魔法研究機関の人間。
いかにも見る側の人間たちが大勢いる。
昨日までの祭りの空気とは明らかに違う。
熱気はある。
歓声もある。
だが、その奥にあるのは純粋な強さへの期待だった。
誰が勝つのか。
誰が頭ひとつ抜けているのか。
観客たちは、それを見極めようとしている。
「昨日とは客層も全然違いますからねー」
旭が周囲を見回す。
「政府系の人とか軍の人とか、今日は特に多いですよ」
「確かに」
終司の視線の先には、真剣な表情で資料を見ているスーツ姿の集団もいた。
単なる観戦ではない。
明らかに選定の目だ。
「優秀な魔法使いは、卒業前から声が掛かるんだったな」
「ですねー」
旭は頷く。
「特にこの大会の上位は、ほぼ確実にどこかから誘われます」
「就職説明会にしては物騒だな」
「魔法使いですからね」
旭は苦笑した。
「強さは、そのまま価値になりますし」
魔法技術。
戦闘能力。
希少性。
この学院では、それら全てが数字として扱われる。
だからこそ、模擬戦トーナメントには意味がある。
生徒にとっても。
学院にとっても。
そして外部の組織にとっても。
終司は小さく息を吐く。
「……そういえば」
ふと終司が周囲を見回す。
「夕緋さんはどうしたんだ?」
「あー」
旭が納得したように声を上げた。
「お姉ちゃん、今日は学院長から呼ばれてるんですよ」
「学院長?」
「来賓席ですね」
旭は上層部の特別席を指差した。
通常の観客席よりさらに高い位置。
厳重な結界で守られた区画。
「多分ですけど」
旭は少し声を潜める。
「結界魔法の使い手として紹介されてるんだと思います」
「紹介?」
「今年の来賓が多いのも、お姉ちゃんが結界魔法を使えるようになったからでしょうしー」
「なるほどな」
失われたはずの魔法である結界魔法。
確かに、あの防御性能は異常だった。
終司自身、クエトと一度相対しているから分かる。
もしもあれが、別の魔法技術などに応用できれば結界石を再び量産することも出来るかもしれない。
おそらくは政府から圧力がかかるだろうが、それでも我先にと企業側が夕緋本人にアプローチをかけるのは必然と言ってもいい。
「本当なら、お姉ちゃんもこの模擬戦に出る予定だったんですけどねー」
「流石に駄目だろ」
「ですよねー。お姉ちゃんのカッコいいところ見られるチャンスだったんですけど」
とはいえ、来賓席へ呼ばれる辺り、学院側からの評価も相当高いのだろう。
「ちなみに」
旭が指を立てる。
「このトーナメント、誰でも出られるわけじゃないんですよ」
「そうなのか?」
「学院の成績優秀者……上院ランカー限定です」
終司は少しだけ眉を上げた。
「例の序列制度か」
「はい」
旭が頷く。
「今回は高等部上位の生徒だけですね」
「つまり、全員ある程度の実力があるってことか」
「ある程度どころじゃないですよー」
旭は苦笑する。
「ここに出る時点で、魔法使いとしては一級品の強さがあると思いますよ」
だから空気が違うのか。
観客たちの期待も、生徒たちの熱量も、全部が本物だ。
「旭は出ないのか?」
「……私はランク外ですからねー」
旭はあっさり言った。
「実力不足ですよ、まだまだ」
「そういえば、まだ旭の魔法を見たことなかったな?」
「また機会があればお見せしますよー」
旭はそれをさらっと流す。
「でも、本当に私よりずっと強い人たちばっかですよ。特に特級序列組……特に四耀とか」
その名前が出た瞬間。
観客席の空気が少し変わる。
ざわめきと歓声。
視線が一斉にフィールド中央へ集まる。
「あ、始まるみたいですね」
旭が前を向いた。
フィールド中央。
司会役らしき教師が、拡声魔法を展開している。
『――それではこれより、学術祭二日目メインイベント』
声が訓練場全体へ響き渡る。
『模擬戦トーナメントを開始します!』
瞬間。
歓声が爆発した。
空気が震える。
観客席が揺れる。
生徒たちの熱狂。
期待と興奮。
それら全てが、巨大な渦となって訓練場を包み込んでいた。
終司は静かにその光景を見つめる。
目の前の熱気は、確かに本物だった。
「さて」
旭が笑う。
「今年はどんな試合になりますかねー?」
その言葉と共に。
学院最強を決める戦いが、幕を開けた。




