第69話 学術祭-二日目-
学術祭二日目。
模擬戦トーナメント当日。
朝の学院は、昨日以上の熱気に包まれていた。
普段なら静かな時間帯のはずなのに、既に多くの生徒たちが行き交っている。
来賓用の移動車両。
警備担当の魔法使いたち。
訓練場へ向かう生徒。
学院全体が慌ただしく動いていた。
そんな中、終司は医療棟の廊下を歩いていた。
「……やっぱりここにいたか」
開け放たれた医務室。
その中央で、リトリが大量の書類と格闘している。
「あ、終司くん」
顔を上げる。
いつも通りの柔らかな笑顔。
だが、その机の惨状はいつも通りではなかった。
「忙しそうだな」
「うん、忙しいよぉ」
リトリが机に突っ伏す。
「学術祭期間って怪我人は増えるし、外部の人向けの準備もあるし、しかも今日は模擬戦だし……」
「その状態でリトリは出場するんだろ?」
「うん」
さらっと頷く。
「いやほんと、なんで私が出るんだろうね?」
「自分で言うのか」
「だって好戦的なタイプじゃないもん、私」
それは確かにそうだった。
リトリは戦いを好む人間ではない。
むしろ、誰かを治療している時の方がずっと自然に見える。
「だったら断ればいいだろ」
「それができたら苦労しないよ」
リトリは苦笑する。
そこで終司は少しだけ表情を変えた。
「……四耀だからか」
「うん」
今度の返事は軽くなかった。
リトリはペンを置く。
「四耀ってね、結構自由に見えるでしょ?」
「実際、かなり好きにやってるように見えるな」
ラルスなど特にそうだ。
自由気ままに己の欲望のまま、勝手に動き回っている印象が強い。
だがリトリは首を横に振った。
「もちろん自由は多いよ?」
「研究設備も優先的に使えるし、予算も出るし、学院内での権限も強い」
そう言いながら、周囲を見回す。
「この医療設備も、四耀だから用意してもらえた部分が大きいしね」
終司は黙って聞いていた。
「でもその代わり」
リトリの声が少しだけ落ち着く。
「学院側からの要請には、基本的に逆らえない」
「……なるほどな」
「学術祭への参加もそう」
リトリは頬杖をつく。
「学院長から正式にオーダーが出た場合、四耀はそれを優先しなきゃいけない」
「交換条件ってわけか」
「そういうこと」
リトリは苦笑した。
「好き勝手やらせて貰える代わりに、必要な時は学院のために働くのが条件」
「随分現実的だな」
「大人の世界だよ?」
いつもの調子で笑う。
だが、その奥には確かな事実があった。
四耀。
学院最上位の称号。
それは単なる名誉ではない。
学院そのものに組み込まれた役割でもある。
「学生会長も例外じゃないか」
終司が呟く。
「うん」
リトリは頷いた。
「むしろ、シアちゃんが一番ちゃんとしてると思う」
それは想像できた。
彼女は、学院のために動くことを当たり前のように受け入れている。
「ラルスくんも、毎回文句言ってるけど基本的には従ってるしね。たまにやりすぎて謹慎受けてるけど」
「簡単に想像がつくな……」
不意に後ろから声が飛んできた。
振り返る。
そこには旭が立っていた。
「おはようございますー」
「ああ、おはよう」
「おはよー旭ちゃん」
旭は医務室へ入りながら続ける。
「ラルス先輩の話ですかー? そういえば、もう自室に戻ったんでしたっけ」
「うん、昨日ね。もう少しここにいてもらった方がよかったんだけど」
「あの人自由過ぎですから。正直今回の件が無かったら卒業まで喋りたくなかったですしー」
「あー、ちょっと近づきづらいもんね?」
リトリが笑う。
「でも、四耀のメンバーってみんな少なからず近づきがたい雰囲気ありますからねー」
「……そうかもな」
終司は小さく呟いた。
その言葉に、リトリがちらりとこちらを見る。
何かを察したような目。
だが、何も言わなかった。
「さて」
リトリは立ち上がる。
「そろそろ第三訓練場に行かないと」
「開会式か?」
「うん」
リトリは白衣を軽く整える。
「選手集合もあるしね」
「緊張してるのか?」
「全然」
即答だった。
「勝ちたいとかあんまりないし」
「それでいいのか」
「医療部の仕事の方が大事だもん」
ぶれなかった。
旭が苦笑する。
「リトリ先輩らしいですねぇ」
「でも」
リトリは少しだけ真面目な顔になる。
「出るからにはちゃんとやるよ?」
その空気が変わる。
柔らかい雰囲気のまま。
けれど芯だけはぶれない。
それがリトリだった。
「じゃ、行こっか」
リトリが扉へ向かう。
終司と旭もその後を追った。
医療棟を出ると、朝の光が学院を照らしている。
遠くから歓声が聞こえた。
既に第三訓練場には多くの観客が集まり始めているらしい。
「盛り上がってるな」
「毎年すごいですよー」
旭が言う。
「模擬戦トーナメントは学術祭の目玉ですから」
「外部の人間も昨日より大勢いるな」
「うん」
リトリが頷く。
「政府関係者とか、軍とか、研究機関とか」
「優秀な魔法使いの品定めか」
この学院は中央都市最大の魔法教育機関。
ここで結果を出した生徒には、卒業前から声が掛かることも珍しくない。
「ま、今日は純粋にお祭りとして楽しめばいいんじゃないかな」
リトリが空を見上げる。
「少なくとも、私はそう思ってる」
その言葉を聞きながら。
終司は第三訓練場の方角を見る。
巨大な競技施設。
歓声と熱気。
学術祭二日目……模擬戦トーナメントが、今始まろうとしていた。




