第68話 一日目終了
魔法迷路を抜けた頃には、昼もかなり過ぎていた。
思っていた以上に複雑な構造だったらしく、旭が何度も道を間違え、その度に夕緋が苦笑しながら正しい道へ戻すという流れが繰り返された。
「なんでお姉ちゃんはそんなに方向感覚良いの?」
「んー、旭ちゃんが壊滅的なだけじゃないかな……」
「そんなことないでしょー」
「あると思うぞ」
終司の即答だった。
「ひどいです!」
そんなやり取りをしながら広場へ戻る。
すると。
「……あ」
旭が声を上げた。
視線の先。
人混みの向こうを、見覚えのある桃色の髪が横切っていく。
学院指定の腕章。
そして相変わらず無駄のない足取り。
エリューシアだった。
「あ、エリューシア先輩ですよー」
旭が手を振る。
エリューシアもこちらに気付いたらしい。
数人の生徒へ指示を飛ばしてから、そのまま近付いてきた。
「こんにちは、皆さん」
いつもの落ち着いた声音。
「学術祭は楽しめていますか?」
「もちろんですー」
旭が元気よく答える。
エリューシアは小さく頷いた。
「それなら良かったです」
そう言いながら視線が終司へ向く。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ柔らかくなる。
「怪我の具合はいかがですな?」
「問題ないよ。祭りを見て回るくらいなら大丈夫だ」
「そうですか」
エリューシアはそれ以上追及しなかった。
ただ、本当に安心したような顔だけはしていた。
夕緋がその様子を見て、わずかに目を細める。
「会長は今日もお忙しそうですね」
「そうですね」
エリューシアは素直に頷く。
「ほとんど休んでないんじゃないですかー?」
旭が聞く。
「慣れていますから」
即答だった。
すると旭が何かを思い出したように声を上げる。
「そういえば、明日の模擬戦トーナメントってどうなるんですー?」
その質問に、エリューシアは少しだけ表情を引き締めた。
「四耀からは、私とリトリさんが出場します」
「やっぱりそうなりますかー」
旭が頷く。
終司も納得する。
夕緋とラルスは怪我人だ。
参加は現実的ではない。
「夕緋さんもラルスさんも、出場許可が下りませんでしたから」
エリューシアが言う。
夕緋は苦笑した。
「完全に治るまで我慢しなさい、と」
「妥当だな」
「ですよね」
本人も納得しているらしい。
「あ、でもリトリ先輩は出るんですねー」
旭が意外そうに言う。
「リトリさん自身は乗り気ではありませんが」
エリューシアは肩を竦める。
「四耀の義務ですので」
その光景が簡単に想像できた。
きっと本人は、
『えー、面倒だなぁ』
とか言いながら出るのだろう。
「今年も会長が優勝候補ですよね?」
夕緋が尋ねる。
「どうでしょう」
エリューシアは特に否定も肯定もしなかった。
だが、周囲の反応を見る限り、間違いなく本命らしい。
それも当然だ。
四耀筆頭。
最強の証明。
それが彼女なのだから。
終司がそんなことを考えていると。
「会長ー!」
遠くから悲鳴のような声が飛んできた。
「第三演習場でトラブル発生です!」
「今行きます」
即答。
本当に休む暇がない。
エリューシアは一度だけこちらを見た。
「それでは」
そして、ほんの僅かに。
終司へだけ聞こえる声量で。
「楽しんでくださいね」
そう告げる。
次の瞬間には踵を返し、駆け出していた。
桃色の髪が人混みの中へ消えていく。
「相変わらず忙しそうですねー」
旭が呟く。
「学院長先生より働いてるかもー?」
「否定できないな」
終司も頷いた。
◇
その後も三人は学院中を歩き回った。
どこへ行っても人がいて、笑い声があって、賑やかだった。
気付けば夕方。
西の空が赤く染まり始めている。
「うーん、歩きましたねー」
旭が大きく伸びをする。
「さすがに疲れましたー」
「一番元気そうに見えるけどな」
「それとこれとは別ですよー」
夕緋がくすりと笑う。
「旭ちゃんは体力だけはありますから」
「お姉ちゃん、それ褒めてる?」
「んー、半分くらいは?」
「微妙!」
終司はそんな二人を見ながら空を見上げる。
夕焼けが校舎を赤く染めていた。
学術祭一日目も、そろそろ終わりだ。
広場では片付けが始まり。
来賓たちも帰路につき始めている。
それでも学院全体の熱気は消えていなかった。
むしろ、明日の模擬戦を前にして、さらに高まっているようにも見える。
「明日はもっと人が増えますよー」
旭が言う。
「模擬戦は毎年人気ですから」
夕緋も頷く。
「会長の試合目当ての方も多いですし」
その名前を聞いて。
終司は少しだけ昼間の姿を思い出した。
忙しそうに学院中を走り回る少女。
そして、花火の夜に聞いた言葉。
大切な場所だ、と。
そんなことを考えているうちに。
学術祭一日目は静かに幕を下ろしていった。
そして明日。
学院最強を決める模擬戦トーナメントが始まる。




