第67話 学内巡り
学術祭一日目。
学院の敷地は、朝から賑わいに満ちていた。
中央都市から訪れた来賓たち。
各学科の展示。
模擬店。
生徒たちによる催し物。
普段は鍛錬と研究に時間を費やしている学院生たちも、今日ばかりは完全に祭りを楽しむ側へ回っている。
「やっぱり、お祭っていいですよねー」
旭の短く切り揃えられた赤茶色の髪が揺れ、その瞳は楽しそうに輝いていた。
「毎年楽しみなんですよー」
「準備期間の時も思ったけどな」
終司は周囲を見回す。
「本当に別の学院みたいだ」
「普段が真面目すぎるんですよー」
旭が肩をすくめる。
「だから反動も大きいんです」
「その通りですね」
隣を歩く夕緋が柔らかく微笑んだ。
長い赤銅色の髪が陽光を受けて輝く。
黒いリボンでまとめられた髪と、整った顔立ち。
歩いているだけで自然と人目を引く存在感があった。
病み上がりとは思えないほど顔色も良い。
もちろん魔力はまだ完全には戻っていない。
だが、本人が言うには日常生活に支障はない程度まで回復しているらしい。
「夕緋さんは、目立つみたいだな」
終司が何気なく呟く。
「え?」
「いや」
周囲を見る。
すれ違う男子生徒たちが、ちらちらと夕緋へ視線を向けている。
本人は全く気付いていない。
「いや、何でもない」
首を傾げる夕緋。
旭はすぐに理解したらしい。
「あー」
にやにやする。
「お姉ちゃんですからねー」
「何だ、その説明」
「だってお姉ちゃんですし」
夕緋本人だけを置き去りにして話が進む。
「二人とも、何のお話ですか?」
「秘密ー」
旭が即答した。
夕緋は納得していない顔だったが、それ以上追及はしなかった。
そんな風に歩いていると――
「あ」
聞き覚えのある声がした。
前方。
数人の男子生徒たちがこちらを見ている。
終司は見覚えがあった。
以前、自分に絡んできた生徒たちだ。
「あれ?」
「お前……」
向こうも終司に気付いたらしい。
一瞬だけ空気が止まる。
だが。
次の瞬間。
全員の視線が終司の横へ移った。
「ゆ、夕緋先輩……!?」
「えっ、ま、マジかよ!」
明らかに動揺している。
終司への敵意など綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
夕緋は少し驚いたようだったが、それでも丁寧に会釈した。
「えっと、こんにちは」
その一言だけ。
たったそれだけなのに。
「こ、こんにちは!」
「お疲れ様です!」
やたら元気な返事が返ってくる。
終司は思わず眉を上げた。
「随分対応が違うな」
「そりゃそうですよー」
旭が呆れたように言う。
「お姉ちゃんですから」
何一つ説明になっていなかった。
男子生徒たちはそのまま何か言いたそうにしていたが。
結局誰も話しかけられず。
「で、では失礼します!」
妙に緊張したまま去っていく。
その背中を見送りながら。
旭がにやにや笑った。
「先輩」
「なんだ」
「前に何て言いふらしてたんでしたっけ?」
「……さて」
「確か」
旭はわざとらしく咳払いする。
「霧城夕緋の結界魔法に挑戦するために学院へ来た――でしたっけ?」
「そ、そうなんですか?」
「……もう、忘れてくれ」
◇
その後も三人は学院内を回った。
魔法具研究科の展示。
結界術学科の実演。
どこへ行っても活気があった。
普段は見られない生徒たちの表情。
楽しそうに笑う姿。
終司はそれを静かに眺める。
「何だか不思議ですね」
夕緋が言った。
「何がだ?」
「学院の皆さんです」
周囲を見る。
「確かに」
「こうして見ると、ちゃんと学生なんだなって思います」
その言葉に終司も頷く。
昨日、花火を見ながらエリューシアも似たようなことを言っていた。
魔法は人を傷付けるためだけのものではない。
今、目の前にある光景はまさにそれだった。
「お姉ちゃんも楽しそうだね」
旭が言う。
「そうかなー?」
「うん」
夕緋は少し考えてから笑った。
「旭ちゃんが言うならそうかも」
その笑顔は自然だった。
クエトに攫われる前よりも。
病室で目覚めた直後よりも。
ずっと柔らかい。
終司はそんな二人を見ながら歩く。
依頼は終わった。
夕緋は助かった。
旭も笑っている。
本来なら、それで十分なはずだった。
だが。
胸の奥では別の問題が少しずつ形を作り始めている。
魔女狩り事件。
アヴレイン……そして、エリューシア。
まだ辿り着いていない真実。
それらは確かに存在している。
けれど、今だけは。
少しくらい立ち止まってもいいだろう。
「先輩ー」
旭が振り返る。
「次はあっちへ行きましょうー」
元気よく指差した先には、人だかりができていた。
「魔法で作った迷路だそうです」
「病み上がりを連れて行く場所か?」
「あ、私なら大丈夫ですよー」
夕緋が苦笑する。
祭りの喧騒の中。
三人は再び人混みの中へと歩いていく。
学術祭一日目は、まだ始まったばかりだった。




