第66話 学術祭-一日目-
病室を出た三人は、そのまま学術祭の会場へと向かっていた。
医療棟を出た瞬間。
昨日までとはまるで別世界のような光景が広がっている。
「……想像以上だな」
終司は思わず足を止めた。
学院中が人で溢れていた。
飾り付けられた校舎。
広場に並ぶ出店。
忙しそうに走り回る生徒たち。
聞こえてくる笑い声。
歓声。
呼び込みの声。
これまで終司が見てきた学院とは、まるで別の顔だった。
「そうでしょう?」
旭がどこか誇らしげに胸を張る。
「学術祭期間だけの特別仕様です」
「いや、それにしても人が多い」
終司は周囲を見回した。
学院の生徒だけではない。
見慣れない顔があちこちにいる。
服装も年齢も様々だ。
「外部の人間か?」
「そうですよー」
旭が頷く。
「学術祭の三日間だけは学院の外からもお客さんが来るんです」
「誰でも入れるわけではありませんけどね」
夕緋が補足する。
病み上がりとは思えないほど顔色は良い。
隣を歩く姿もすっかり普段通りだった。
「学院は中央都市の重要施設ですから」
「ああ」
終司も頷く。
それくらいは理解している。
魔法使いの育成機関。
研究施設。
国家規模で見ても重要度は極めて高い。
「だから入場審査はかなり厳しいんですよー」
旭が指を折る。
「まず身元確認」
一本。
「持ち物検査」
二本。
「魔力反応の照合」
三本。
「あと危険物の持ち込みチェックとかもありますね」
夕緋が続けた。
「場合によっては事前調査まで行われます」
「流石に徹底してるな」
「学院ですから」
旭が肩を竦める。
「変な人が入り込んだら大変ですし」
「それでも来る人は多いんだな」
終司が周囲を見渡す。
視界に入るだけでもかなりの人数だ。
すると夕緋が小さく笑った。
「理由は単純ですよ」
「というと?」
「優秀な魔法使いの卵を見つけるためです」
その言葉で察した。
「ヘッドハンティングか」
「正解ですー」
旭が嬉しそうに言う。
「政府関係者とか研究機関とか企業とか」
「軍部もですね」
夕緋が続ける。
「卒業前から声が掛かる生徒も珍しくありません」
「なるほど」
だから外部の人間がこれほど集まる。
学術祭は祭りであると同時に。
未来への投資の場でもあるわけだ。
「ちなみに」
旭がにやりと笑う。
「エリューシア先輩とか、毎年ものすごい数の勧誘受けてますよ」
「想像はつく」
「全部断ってるみたいですけどねー」
「それも想像がつくな」
終司の返答に、夕緋が少しだけ笑った。
確かにそうだろう。
今のエリューシアが学院を離れる姿は想像できない。
少なくとも今は。
そんなことを考えながら歩いていると。
広場の中央に大きな案内板が見えてきた。
そこには学術祭の日程が記されている。
終司は足を止めた。
「そういえば」
案内板を見ながら口を開く。
「結局、この三日間で何をやるんだ?」
「ふふ、良い質問ですねー」
旭が待ってましたと言わんばかりに振り返る。
「説明しましょう」
何故か得意げだった。
「まずは今日、一日目」
びしっと指を立てる。
「お祭りです」
「それは雑じゃないか?」
「いいえ、雑じゃないですー」
旭が抗議する。
「屋台」
「ああ」
「展示」
「……ああ」
「体験コーナー」
「あ、ああ」
「はい、お祭りです」
「雑だろ……」
夕緋が苦笑した。
「要するに一般来場者向けの日ですね」
「なるほど」
それなら分かりやすい。
今の賑わいも納得だった。
「一番平和な日でもあります」
「平和、か」
終司は周囲を見回した。
確かにそうだ。
少なくとも今は。
皆楽しそうに笑っている。
戦いとも陰謀とも無縁な光景だった。
「そして二日目」
旭が続ける。
「模擬戦トーナメントです」
「二日目にして物騒な話が出てきたな……」
「フロリス最強決定戦ですよー」
「優秀な生徒を見極める意味もあります」
夕緋が補足する。
「観客も一番多いですね」
「まあ、それはそうだろうな」
戦いは見世物になる。
まして魔法使い同士の戦闘なら尚更だ。
「ちなみに、エリューシア先輩が毎年優勝してます」
「だろうな」
即答だった。
旭と夕緋が顔を見合わせる。
「否定しないんですね」
「いや、どう考えても彼女に勝てる生徒はいないだろ」
あれが負ける姿は想像しづらい。
少なくとも普通の生徒相手なら。
「で、三日目は?」
終司が尋ねる。
すると今度は夕緋が答えた。
「魔法発表会です」
少しだけ真面目な声音だった。
「各学年の代表が研究成果や独自魔法を披露します」
「研究成果?」
「新しい魔法理論や術式の発表ですね」
夕緋は静かに頷く。
「学院としてはこちらが本来の主目的です」
「戦うためだけじゃないってことか」
「はい」
夕緋は微笑んだ。
「人を傷つけるためだけが魔法ではありませんから」
その言葉に。
終司は昨夜の花火を思い出した。
色とりどりの光。
笑顔。
歓声。
そして、魔法を人のために使うという、エリューシアの言葉を。
「……そうだな」
自然と口から漏れた。
旭はそんな終司を不思議そうに見ていたが、特に追及はしなかった。
「ということで」
旭がぱんと手を叩く。
「本日の目標は、学術祭を全力で楽しむことです」
「案内係らしい発言だな」
「でしょう?」
得意げだった。
夕緋も楽しそうに微笑んでいる。
終司は小さく息を吐く。
視界の先には賑やかな学術祭の風景。
楽しそうな生徒たち。
笑い声。
活気。
平和な日常。
ほんの少し前まで地下で命のやり取りをしていたとは思えないほどだった。
「さて」
旭がくるりと振り返る。
「まずはどこから行きますー?」
期待に満ちた視線。
終司は周囲を見回した。
学術祭初日。
まだ始まったばかりだ。
「案内係に任せるよ」
そう言うと、旭は満面の笑みを浮かべた。
「了解ですー」
そして勢いよく歩き出す。
「まずは食べ歩きからいきましょうかー」
「食べることが最優先なんだな……?」
「お祭ですから」
そんな声を聞きながら。
終司は夕緋と並んで、その後を追いかけた。




