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第63話 向き合うということ

 最後の花火が夜空に大きく咲き、ゆっくりと消えていく。


 色とりどりの残光が、黒い空に淡く尾を引いた。


 やがて耳に残っていた轟音も静まり、屋上には風の音だけが戻ってくる。


「……綺麗でしたね」


 エリューシアがぽつりと呟く。


「ああ」


 終司 は短く答えた。


 その横顔を見ながら、胸の内にはまだ先ほどの言葉が残っている。


 この学院は、彼女にとってすべてだ。


 過去を失った彼女が、自分の意思で築いてきた大切な場所。


 それを聞いた今なら、昔の話をしてもいいかもしれない。


 そんなことを考えていた。


「それでは、そろそろ戻りましょうか」


 エリューシアが穏やかに言う。


「明日が本番ですから」


「そうだな」


 二人は並んで屋上を後にした。


 階段を降り、本校舎の最上階へと戻る。


 祭りの喧騒はまだ遠くに聞こえていたが、この時間になると校舎内は比較的静かだ。


 階段を降り切ったところで、前方にひとつの人影が見えた。


 深い色のローブを纏った長身の男。


 穏やかな立ち姿。


 だが、その姿を見た瞬間、終司の表情はわずかに硬くなる。


「……師匠」


 アヴレイン は、昔と変わらぬ静かな眼差しを向けた。


「二人とも、良い時間を過ごしていたようだな」


「はい。とても、有意義な時間でした」


 エリューシアが丁寧に一礼する。


 アヴレインは小さく頷き、それから終司を見る。


「終司くん、少し話をしないか」


 穏やかな口調だった。


 だが、その言葉の意味を終司はすぐに理解する。


「……分かりました」


 終司が答えると、エリューシアが二人を見比べた。


「では、私はこれで失礼します」


 彼女は終司へ視線を向け、ほんの少しだけ柔らかく微笑む。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 短いやり取りを交わし、エリューシアは静かにその場を去っていく。


 薄桃色の髪が廊下の向こうに消えるのを見届けてから、終司はアヴレインへ向き直った。


「行こうか」


「はい」


 昔と変わらぬその口調に、胸の奥に複雑な感情がよぎる。


 終司は何も言わず、その後に続いた。


 ◇


 学院長室。


 重厚な扉が閉じられる。


 室内には柔らかな灯りがともり、外の祭りの音はほとんど届かない。


「座ってくれ」


「失礼します」


 終司はソファに腰を下ろす。


 アヴレインは向かい側に座り、終司の全身を一瞥した。


「怪我の具合はどうかな?」


「問題ありません。見た目ほど大したものではありませんので」


「昔から無茶ばかりするからな、君は」


 呆れたような声音。


 それが昔とまったく変わっていないことに、終司はわずかに目を伏せた。


「師匠にそう言われると、説得力がありますね」


 アヴレインは小さく笑った。


「それもそうだ」


 短い沈黙が落ちる。


 やがてアヴレインは、静かに本題を切り出した。


「旭くんの依頼は完遂した」


「……ええ」


「夕緋くんも見つかり、クエトも拘束した。君が請け負った探偵としての仕事は果たしたと言っていい」


 終司は黙って頷く。


「ここからは、君自身の目的のために動いてもいいのではないかな?」


 その言葉に、終司の視線が鋭くなる。


「……その話をするつもりで呼んだんですか」


 アヴレインは終司をまっすぐ見据える。


「君の本当の目的は、魔女狩り事件の真相だろう」


 その言葉が、静かな部屋に重く響いた。


 終司はしばらく黙っていた。


 だが、やがて観念したように頷く。


「……はい」


 はっきりと答える。


「俺が知りたいのは、あの日ここで何があったのか。その全てです」


 アヴレインは表情を変えない。


「そうか」


「師匠にとっては、知られたくない話なのではありませんか?」


 終司の声には、わずかな硬さが混じる。


 あの日の光景。


 血に染まった石畳。


 そして、エリューシアの命が絶たれる瞬間。


 それを見た時の感情は、今でも消えていない。


 アヴレインは静かに言った。


「君が知ることを止めるつもりはない」


 終司の眉がわずかに動く。


「……意外ですね」


「止めたとて、君は諦めないだろう」


 昔から変わらない性格を知っているからこその言葉だった。


「それに」


 アヴレインは少しだけ視線を伏せる。


「真実を知る資格が、君にはある」


 終司は拳を膝の上で握り締める。


「そんなことを言うくせに……」


 一度、言葉を切る。


「自分からはあの日のことを語るつもりはないんでしょう?」


 沈黙。


 ほんの数秒のはずなのに、ひどく長く感じられた。


 アヴレインは窓の外に目を向ける。


 遠くで、まだ祭りの灯りが揺れている。


「ああ」


 静かな声だった。


 飾り気も、言い訳もない。


 ただ、それだけを告げる。


 終司は息を呑む。


 怒りも、問い詰めたい気持ちもある。


 だが、その一言には嘘がなかった。


「……そうですか」


 それだけしか言えなかった。


 アヴレインは再び終司を見る。


「好きに調べるといい」


 そして、ほんの少しだけ声色を変える。


「ただし、覚えておきなさい」


 終司は顔を上げる。


「真実を知れば、君は選ばなければならない」


 その言葉には、深い重みがあった。


「過去を取り戻すことと、今を守ること。そのどちらを選ぶのかをな」


 花火の下で聞いたエリューシアの言葉が、脳裏に蘇る。


 この学院は、彼女の大切な場所。


 今の彼女が自分の足で築いた日々。


 終司は静かに答えた。


「そんなのは、選ぶまでもありませんよ」


 アヴレインの目が細められる。


 アヴレインはしばらく終司を見つめていた。


 やがて、ほんのわずかに口元を緩める。


「……そうか」


 それ以上は何も言わなかった。


 終司は立ち上がる。


「お話は以上でしょうか。」


「ああ」


 扉へ向かいかけたところで、背後から声が届く。


「終司くん」


 久しぶりに名前を呼ばれ、足が止まる。


「君の推理を楽しみにしている」


 その言葉に、終司は振り返らないまま小さく答える。


「はい」


 重厚な扉を開き、学院長室を後にする。


 廊下には夜の静けさが広がっていた。


 祭りの熱気はまだ遠くに残っている。


 だが、終司の胸の内では、別の火が静かに灯っていた。

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