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第56話 病室での一幕

 ひとしきり笑い声が落ち着いた頃。


 終司は病室の壁にもたれたまま、静かに口を開いた。


「……今後のことを話しておくか」


 その一言で、自然と全員の視線が集まる。


 ベッドの上で身体を起こした夕緋。

 

 その傍らにぴったりと寄り添う旭。

 

 丸椅子に腰掛けたリトリ。

 

 そして、奥のベッドで不貞腐れたような顔をしているラルス。


 いつの間にか、この病室は随分と賑やかになっていた。


「本当なら、夕緋さんの無事が確認できた時点で学院を離れるつもりだった」


 そこで一度言葉を区切る。


「だけど、学院長に引き止められてな」


 終司は肩をすくめた。


「せっかくだから、最初の予定通り学術祭が終わるまでは学院に残ってみたらどうだ、って話になった」


 一瞬の静寂。


 そして次の瞬間――


「良かったですー!」


 真っ先に声を上げたのは旭だった。


 勢いよく立ち上がり、嬉しそうに両手を握る。


「先輩にはきちんとお礼もしたいですし、せっかくなので学術祭も楽しんでもらいたいなーって思ってました」


「そうだね」


 リトリもふわりと微笑む。


「せっかくまた会えたのに、すぐ帰っちゃうのは寂しいなって思ってたから」


 夕緋も穏やかに頷いた。


「……私としても、安心しました」


「そうか」


 短く返す終司に、夕緋は少し照れたように微笑む。


「まだ、ちゃんとお話しもできていませんし……」


「お姉ちゃん、それってつまり――」


「旭ちゃん、そういう意味じゃないからねー?」


 夕緋の柔らかな笑顔が、一瞬だけ鋭さを帯びる。


「あ、はい、ごめんなさい」


 旭は即座に背筋を伸ばして謝った。


 病室に小さな笑いが広がる。


 ラルスは鼻を鳴らした。


「ま、しばらく居るってんなら、また俺の相手になってもらわねぇとな」


「お前はその前にその怪我を治せ」


 終司の即答に、リトリが吹き出す。


「ほんとだよ。ラルスくん、まだまともに歩けないんだから」


「うるせぇ。こんなのすぐ治るんだよ」


 そう言いながらも、ラルスの表情はどこか安心したようだった。


 終司は続ける。


「それと、財前とラスティさん、それに夕緋さんの魔力の件だが」


 空気が少しだけ引き締まる。


「クエトの身柄は学院が確保してる。能力の解析も進むだろうし、原因が分かれば対処もできるはずだ」


 リトリが自信満々に胸を張った。


「うん。原因が分かっていて、その本人もいるからね。きっと元通りにできるよ」


「リトリ先輩がそう言うなら安心ですねー」


 旭が嬉しそうに頷く。


 夕緋もそっと胸に手を当てた。


「財前くんたちも、きっと良くなりますね」


「名医が太鼓判を押してるんだ。信じていい」


 終司の言葉に、皆の表情が明るくなる。


 これでようやく、本当の意味で先が見えてきた。


 そんな穏やかな空気の中。


 旭が、ぱっと何かを思い出したように顔を上げた。


「あっ、そうだ!」


「今度は何だ?」


「学術祭の後夜祭、先輩も参加するんですよね?」


「後夜祭?」


 終司が聞き返すと、リトリが身を乗り出した。


「学術祭の締めくくりだよ。ダンスしたり、おしゃべりしたり、みんなでわいわいするの」


 旭がにやにやと笑う。


「まあ学生の間では、ちょっと特別な意味があるイベントでもありますけどねー?」


「特別?」


「好きな人を誘ったりとかー?」


 その瞬間。


 病室の空気が、ほんの少し変わった。


「うんうん」


 リトリが真剣な顔で頷く。


「終司くん、私と一緒に過ごそっか」


「リトリ先輩!?」


 旭が驚きの声を上げる。


 夕緋もわずかに目を見開いた。


 ラルスは呆れたように鼻を鳴らす。


「お前ら、あんなイベントに興味あんのかよ。つまんねぇだろ」


「ラルス先輩は誘われたことなさそうですしねー?」


「馬鹿か。誘われても行かねぇよ」


「そういうの、負け犬の遠吠えって言うんですよー?」


「てめぇは俺に喧嘩売らないと死ぬのか?」


「旭ちゃん、あんまりラルスくんを虐めないであげてね」


「てめぇら姉妹は揃いも揃って……」


 病室はまた賑やかな笑いに包まれる。


 そんな中で。


 終司は、ふと昼間のことを思い出した。


 学院中を忙しく駆け回っていた、薄桃色の髪の少女。


 そして、当然のことのように告げられた言葉。


『後夜祭、お時間があればご一緒しませんか?』


「……あ」


 ぽつりと漏れた声に、全員の視線が再び集まる。


「どうしたんですか、先輩?」


 旭がじっと見つめる。


 終司は数秒黙り込んだ後、少しだけ視線を逸らした。


「悪いリトリ。その後夜祭の誘いは受けられない」


「えっ?」


「先約がある」


 一瞬、空気が止まる。


「せ、先約!?」


 旭の目が丸くなる。


「終司先輩、私たち以外にそんな知り合いが学院にいたんですか!?」


「いや、知り合いというか……」


「じゃあ誰なんですか!?」


 リトリが、なぜか確信に満ちた表情で口を開いた。


「……シアちゃんだね?」


 終司は、わずかに目を瞬かせる。


「……ああ」


 素直に頷く。


 数秒の沈黙。


 そして――


「「「えええええっ!?」」」


 女性陣の声が見事に重なった。


 病室の窓ガラスがびりっと震える。

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