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第55話 目覚め

 旭の歓声が病室いっぱいに響き渡る。


 次の瞬間には、ベッドに身を乗り出すようにして夕緋の手を握りしめていた。


「よかった……! 本当によかったぁ……!」


 泣きながら笑う。


 声が震え、肩も小刻みに揺れている。


 そんな旭を見つめながら、夕緋はまだ状況を整理しきれていないようだった。


 ぼんやりとした視線が、ゆっくりと動く。


「……ここ、は……?」


「医務室だよ」


 リトリが穏やかに答える。


「もう安全だから安心して」


「医務……室……リトリ、ちゃん」


 夕緋が小さく繰り返す。


 その視線が終司へと移った。


 一瞬、きょとんとしたように目を瞬かせる。


「……あなた、は……?」


「初めまして」


 終司は肩をすくめる。


「私立探偵の橘守終司です。今回、旭さんに依頼されてあなたを探していました」


 夕緋の目がわずかに見開かれる。


「依頼……探偵?」


「そうだよ」


 旭が勢いよく頷く。


「お姉ちゃんが急にいなくなっちゃって、私、終司先輩にお願いしたんだから」


「先輩……?」


 夕緋の視線が、終司と旭の間を行ったり来たりする。


 まだ頭が追いついていないらしい。


「とりあえず、順番に説明しよっか」


 その後の説明は、リトリが手際よくまとめた。


 夕緋がリトリの部屋から居なくなったこと。


 旭が終司に捜索依頼を出したこと。

 

 終司たちが地下で夕緋を発見し、救出したこと。

 

 現在は昏睡から回復したばかりで、命に別状はないこと。


 そして一通りの話を聞き終えた夕緋は、終司に向かって深く頭を下げた。


「……助けてくださって、本当にありがとうございます」


「礼なら旭に言ってあげてください」


 終司がすっと視線を旭に向ける。


「彼女が諦めなかったから、あなたを見つけることが出来たんですから」


「そうですよー」


 旭が満面の笑みで胸を張る。


「私も頑張ったので、依頼料の値引きとかあったり?」


「それとこれとは話が別だ。振り込みは指定の口座で頼むぞ」


「あはは……ですよねー」


 いつものような軽口に、夕緋はくすりと笑った。


 それだけで、ようやく本当に終わったのだと実感できる。


 病室には穏やかな空気が流れていた。



「……旭ちゃん」


 そっと、妹の頭を撫でる。


「心配、かけちゃったね」


「そうだよ」


 即答。


「すっごく心配したんだから」


「……ごめんね」


「ううん」


 旭が顔を上げる。


 涙で潤んだ目のまま、満面の笑みを浮かべる。


「帰ってきてくれたから、よし!」


 夕緋は一瞬驚いたように目を丸くし、それからふっと笑った。


「……ふふ」


 その穏やかな笑顔に、病室の空気がさらに柔らかくなる。


 リトリが腕を組んでうんうんと頷く。


「容体も安定してるし、あとは少しずつ回復していけば大丈夫かな」


 旭が夕緋の腕に抱きつきながら、終司の方を振り向く。


「ふふ、うちのお姉ちゃん可愛いでしょうー?」


「またその話か」


 きらきらした目で迫ってくる。


 夕緋は頬を赤くしながら、困ったように笑う。


「あ、旭ちゃん、そういうことを人前で言わないでー!」


「えー、でも本当のことだしー?」


「そういう問題じゃないのー!」


 姉妹のやり取りに、リトリも楽しそうに微笑んでいる。


 終司は小さく息を吐いた。


「……よかったな」


 その時だった。


 病室の奥のカーテンが、勢いよく開く。


 そんな賑やかな空気の中――


 病室の奥のカーテンが、がしゃっと勢いよく開いた。


「おい」


 聞き覚えのある、少し不機嫌そうな声。


 全員の視線がそちらへ向く。


 そこには、包帯だらけのラルスが立っていた。


 寝癖のついた髪に、いかにも寝起きといった表情。


 腕を組み、じとっとした目でこちらを見ている。


「お前ら、俺のこと忘れてんだろ?」


 一瞬の沈黙。


 そして――


「……いや」


 終司が冷静に答える。


「お前、運ばれてきてからずっと寝てただろ」


「……」


「さっきまでぴくりとも動かなかったぞ」


 リトリも頷く。


「重傷だったからね。むしろ今起きてきたことに驚いてるよ」


 旭がぱっと顔を輝かせる。


「あっ、ラルス先輩……生きてたんですねー」


「てめぇ……」


 夕緋も思わず吹き出す。


「ふふっ……」


 その笑い声を聞いて、ラルスは一瞬きょとんとした顔になった。


 それから、ばつが悪そうに頭を掻く。


「……まあ、なんだ」


 視線を逸らしながら、小さく呟く。


「目ぇ覚めたなら、よかったじゃねぇか」


「ラルスくん、ありがとう」


 夕緋が優しく微笑む。


 ラルスはさらに居心地悪そうに鼻を鳴らした。


「ったく……」


 そう言いながらも、その口元はどこか緩んでいた。


 病室の中に、笑い声が広がる。


 昨日までの緊張が嘘のように。


 誰もがようやく、本当の意味で肩の力を抜いていた。


 ――こうして。


 長い夜を越えた一件は、ようやく穏やかな結末を迎えたのだった。

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