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第50話 救出

 部屋の中央。


 簡素なベッド。


 その上に――


 ひとりの少女が、横たわっている。


「……良かった」


 終司が、小さく呟く。


 整った寝息。


 外傷は見えない。


 ただ、静かに眠っている。


 まるで、何事もなかったかのように。


「――お姉ちゃん!!」


 弾けるような声。


 次の瞬間、旭が一直線に駆け出した。


 ベッドの傍へ飛び込むように膝をつく。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん……っ!」


 その声は明るいのに、どこか震えている。


 安心と、不安と、全部が混ざった声。


 夕緋の手を両手で包み込む。


「……よかった……ほんとに……」


 ぽろっと、零れるように。


 肩が小さく震える。


 終司はゆっくりと近づき、その様子を少し離れた位置から見下ろした。


 視線を細める。


 簒奪の影響を受けているせいか、魔力の流れは感じられない。


 幸いにも、外傷もなかった。


 これなら少なくとも、命に関わる状態ではない。


「起きませんね……」


 旭が振り向く。


 少しだけ不安そうに。


「大丈夫、ですよね?」


「ああ」


 短く、頷く。


「恐らく財前たちと同じだろう。魔力に関しても、クエトの簒奪の影響ということが分かったしな」


 その一言で、旭の表情が一気に緩んだ。


「そっか……」


 ほっと息を吐く。


 そして、少しだけ照れたように笑って――


「……ふふ、可愛いでしょう? うちのお姉ちゃん」


「急にどうした」


 思わず即ツッコミ。


「いや、だって!」


 旭がくるっと振り返る。


 満面の笑み。


「めちゃくちゃ綺麗じゃないですか? ほらこの寝顔とかー」


 ぐいっと距離を詰めてくる。


 圧が強い。


「普段はもっとこう……凛としてる感じなんですけど、こうしてると柔らかいっていうか……!」


「落ち着け」


「えー、先輩ちゃんと見てます!? このまつ毛の長さとか!」


「寝ている女性の顔をまじまじと見るものじゃないだろ」


 若干押され気味になりながらも返す。


 だが。


 そのやり取りの裏で、空気は確実に変わっていた。


 さっきまでの張り詰めた緊張は、もうない。


 あるのは――ただの安堵だ。


「……まあ」


 終司は一度、夕緋に視線を戻す。


「これで依頼達成、だな」


 ぽつりと。


 旭が、ぱっと顔を上げた。


「……はい!」


 その返事は、さっきまでで一番明るかった。


 迷いも、不安もない。


 純粋な肯定。


「それじゃ、さっさと戻るぞ」


 終司はそう言って、夕緋へと手を伸ばす。


 一瞬だけ、動きを止める。


 力が抜けきっている。


 完全に無防備な状態。


 それを確認してから、そっと抱き上げた。


 自然と、お姫様抱っこの形になる。


「おおー……」


 旭が、目を輝かせる。


「なんか絵になりますね、それ」


「ならないから」


「いやでもほんとに! ちょっと端末で写真を撮っても……」


「やめろ」


 即答。


「あとで本人に怒られるんじゃないか?」


「あ、それは確かに……」


 納得が早い。


 すぐ引っ込める。


「そのまま運べますー?」


 少しだけ心配そうに覗き込んでくる。


「問題ないし、落とす気もない」


 終司は淡々と返す。


「旭の大事な人だからな」


 一瞬、旭がきょとんとする。


 それから――


 ふっと笑った。


「……ほんと、そういうとこずるいですよねー」


「何がどうずるいんだ……」


「探偵さんなんですから、それくらい推理して下さいよー」


 軽いやり取り。


 だが、その空気はどこまでも柔らかい。


「はぁ……もういい。帰るぞ」


 終司が踵を返す。


「はい!」


 旭がすぐに並ぶ。


 二人で、部屋を出る。


 さっきまでの戦場だったはずの通路も、今はやけに静かだ。


 夕緋の寝息だけが、微かに聞こえる。


 その音が、妙に現実感を持たせてくる。


「……ほんとに、見つかってよかったです」


 旭がぽつりと呟く。


 歩きながら。


 夕緋の顔を覗き込みながら。


「覚悟はしてたんですよね。最悪のパターンも」


 声は明るいまま。


 だけど、その中にほんの少しだけ混ざる影。


「でも――」


 顔を上げる。


 にっと笑う。


「先輩がいるから、きっと大丈夫って思ってました」


「買いかぶりすぎだ」


「そうですかね?」


 首を傾げる。


「でも、お姉ちゃんはちゃんと見つかりましたから」


「……そうだな」


 短く返す。


 否定はしない。


 しばらく、無言で歩く。


 その間も、旭は何度も夕緋の顔を見ていた。


 本当に、嬉しそうに。


 その様子を横目で見ながら――


 終司は、ほんの一瞬だけ考える。


(……とはいえ)


 あまりにも、綺麗に終わりすぎている。


 クエトの執念。


 あの戦闘規模。


 それに対して、この結末は妙にすんなりしすぎている。


 だが、それも一瞬。


 すぐに思考を切り上げる。


「どうしました?」


 旭が覗き込む。


「いや」


 終司は、軽く首を振る。


「なんでもない」


 今は、それでいい。


 腕の中の重みを、確かめる。


 確かに取り戻したという実感。


 それが、全てだ。


「行くぞ」


「はい!」


 明るい返事。


 その声を背に受けながら。


 終司は、静かに歩き出した。


 わずかな違和感を、胸の奥に残したまま。

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