第47話 持久戦
終司がクエトへ一気に肉薄する。
刃が、届く――その寸前だった。
ギィンッ、と甲高い音が弾ける。
終司の一閃は確かにクエトを捉えていた。
だが、割り込むように展開された光の壁が、紙一重でそれを防ぐ。
「……っ!」
クエトの目が、わずかに見開かれる。
完全に虚を突かれていた反応。
その表情を、終司は見逃さない。
「――浅いか」
終司は即座に距離を切る。
次の瞬間、横合いから圧が叩き込まれた。
――ドンッ!!
空間ごと押し潰す衝撃。
終司の身体が弾かれ、床を滑る。
石床が削れ、火花が散る。
だが、片手をついて減速し、そのまま無理やり体勢を立て直す。
膝がわずかに沈む。
それでも、止まらない。
「……どうやら今のは、見えてなかったみたいだな?」
低く、断言する。
クエトは答えない。
だが、その沈黙が肯定だった。
「……結界魔法」
終司が、わずかに目を細める。
「流石の防御力だ」
クエトが呼吸を整える。
ほんの僅かに、リズムが乱れている。
「結界には……貴方の力も通じないようですね」
平静を装った声音。
だが、わずかに硬い。
「どうだろうな」
短く返す。
「次は斬るかもしれないぞ?」
「そうはいきませんよ」
即座に返る。
同時に――
「――潰れなさい。黒の抑圧」
空間が歪む。
逃げ場を完全に塞ぐ形で、圧が同時に襲いかかる。
重なり合う圧。
逃げ場を削るような配置。
そこへ、終司は踏み込んだ。
逃げるのではなく、前へ。
圧の薄い層。
干渉が重なりきっていない隙間。
それを縫うように、滑り込む。
「また、抗いますか……っ!」
クエトの声に、明確な苛立ちが混じる。
一瞬で間合いを詰める終司。
再び斬撃――
「それは私には通じません!」
光の壁が展開され、刃を弾く。
火花と衝撃。
しかし――
終司の刃は止まらない。
弾かれる直前に軌道をずらし、滑らせる。
擦過。
紙一重。
そして――
パキン、と音がした。
「……なっ」
クエトの頬に、一筋の赤。
傷は浅い。
だが確かに――通った。
その一閃は結界を、確実に斬り裂いている。
終司は一歩引く。
無理に追撃はしない。
呼吸を整える。
(こいつの能力は未確定要素が多い。不用意に出しすぎるのは悪手だ……が)
柄を持つ手を、ほんのわずかに緩める。
「……なるほど、少しだけ分かった」
「何を……」
クエトの声がわずかに揺れる。
頬を伝う血を、指でなぞる。
その仕草には、明確な動揺が混じっていた。
「どうやっているのか、その仕組みまでは分からない」
終司は淡々と返す。
「だが」
一歩、引く。
次の圧が叩き込まれる。
今度はわざと――完全には避けない。
肩で受ける。
肉が裂け、血が飛ぶ。
「……っ」
痛み。
だが、それでも視線は逸らさない。
「俺とラルスからは、どうやら奪えないらしいな?」
沈黙。
一瞬。
ほんの僅かな間。
それが答えだった。
「そもそも」
終司が続ける。
「奪えるなら、とっくにやっているはずだ」
視線を外さない。
「協力なんて回りくどいこと言わずにな。違うか?」
圧がさらに強まる。
だが、粗い。
さっきよりも、確実に制御が荒れている。
「……おかしいですね」
クエトが低く呟く。
「あなたの対策は練っていたつもりでしたが……ここまでとは」
「それはどうも」
終司は息を吐く。
肩で呼吸している。
肺が焼けるように痛む。
「想定外だったか?」
「……ええ」
否定しない。
その代わり――
苛立ちが、はっきりと滲む。
圧がさらに増す。
だが、その制御は確実に揺らいでいる。
(いい流れだ)
終司の思考は、静かに回る。
(同時制御された魔法の数が多すぎる)
視線が、わずかに細くなる。
(処理は速い。だが……無限じゃない)
そして――
思い出す。
彼女《エリューシア》のことを。
(……もし彼女なら)
この程度で揺らぎは見せない。
完全に均一な制御に、誤差すら許さない精度。
(比べるまでもない。こいつはただの"下位互換"だ)
「……非効率ですね」
クエトが低く言う。
「どのみちこのままでは、あなたの方が先に潰れるでしょうに」
「そうかもな」
あっさり認める。
だが、その目は揺れない。
「だが」
一歩、踏み出す。
その圧の中へ。
「その言葉、そのまま返す」
一瞬。
クエトの呼吸が乱れる。
ほんの僅かに、だが確実に。
「お前のその魔力」
終司は続ける。
「いつまで持つ?」
沈黙。
圧が、さらに強まる。
だが――ズレる。
層と層の噛み合いが甘い。
完全な密閉になっていない。
「……」
クエトは答えない。
答えられない。
その沈黙が全てだった。
「それじゃ、根比べといこうか」
終司が言い切る。
「お前が俺を潰すのが先か」
一歩。
さらに踏み込む。
血が床に落ちる。
呼吸が荒くなる。
それでも――止まらない。
「お前の限界が来るのが先か」
距離が、縮まる。
確実に。
じわじわと。
削るように。
詰めていく。
また一瞬、圧が緩む。
ほんのコンマ数秒。
だが、終司には十分だった。
消えるように踏み込む。
「――っ!」
肉薄。
だが、斬らない。
目の前で止まる。
呼吸が触れる距離。
あえて、何もしない。
見せつけるように。
「……この私を舐めているのですか……っ!」
クエトの声に、明確な苛立ち。
「いや?」
終司は静かに返す。
「待ってるんだよ」
一拍。
「お前が、完全に途切れる瞬間をな」
空気が、凍る。
次の瞬間。
魔力が爆発的に膨れ上がる。
怒り。
焦り。
制御の乱れ。
それら全てが混ざった、不安定な出力。
圧が歪む。
ズレる。
重なりが崩れる。
「……いいでしょう」
クエトの声が、低く沈む。
完全に、余裕が消えている。
「その勝負――受けて立とうではありませんか」
クエトの表情から、完全に余裕が消えた。




