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第45話 決裂

 静寂が、わずかに軋む。


 広大な空間に満ちていた空気が、目に見えない圧として沈み込んでいく。


「……それで?」


 終司が、ゆっくりと口を開く。


 視線は逸らさない。


 ただ一点、クエトを射抜いたまま。


「夕緋さんはどこにいる」


 一切の無駄を削ぎ落とした問い。


 クエトは、ほんの僅かに目を細め――


 すぐに、微笑んだ。


「おや、そちらが先でしたか」


 わずかに楽しむような響き。


「質問に答えろ」


 短く。


 圧を込める。


 その声音に、空気が一段冷えた。


 クエトは肩をすくめるようにして、視線を奥へと向ける。


「この先ですよ」


 あっさりと。


「この奥の部屋で、横になっていただいています」


 その言い方は、あまりにも軽く、あまりにも無関心。


 その態度が、神経を逆撫でする。


 ラルスの眉がぴくりと動く。


 地面に倒れたまま、わずかに顔を上げる。


「……てめぇ」


 低く、滲む怒気。


 だが身体は動かない。


 歯を食いしばる音だけが、かすかに響く。


 終司の視線は揺れない。


「無事なんだな?」


「ええ」


 クエトは即答する。


「少なくとも今は……もっとも」


 わずかに、笑みが深くなる。


「あなたの選択次第で、その保証は簡単に覆りますが」


 空気が、凍る。


 露骨な条件。


 交渉ですらない。


 ただの支配の提示だった。


「……なるほどな」


 終司が、小さく息を吐く。


 感情を押し殺した、静かな吐息。


「分かりやすくて助かる」


 クエトは満足そうに頷く。


「では、改めて」


 一歩、踏み込む。


 距離が詰まる。


 その一歩に、見えない圧が乗る。


「私に協力していただけますか?」


 静かに。


 だが確実に、追い詰める声音で。


「あなたの力があれば、全てが完成する」


 さらに一歩。


「ここで頷くだけで――」


 ほんのわずかに間を置く。


 言葉を選ぶように。


「魔女狩り事件の真実が、あなたの手に入る」


 空間が、止まる。


 ラルスすら、息を呑む。


 それは。


 明確な餌だった。


 だが。


 終司は動かない。


 視線も、呼吸も。


 何一つ変えないまま。


 数秒。


 沈黙。


 そして――


「……はは、悪くない話だな」


 ぽつりと、呟く。


 ラルスが目を見開く。


「おい終司――」


 終司は、そのまま続ける。


「魔女狩り事件の真実。確かに俺は、それが知りたい」


 その言葉に、嘘はない。


 重さがある。


 過去が滲む。


 クエトの口角が、わずかに上がる。


「そうでしょう? あなたにとって、それは――」


「だが」


 遮る。


 静かに。


 しかし、明確に。


 空気が切り替わる。


「それを、お前から受け取る気はない」


 クエトの笑みが、ほんの僅かに止まる。


「……なんですって?」


「真実っていうのは」


 一歩、踏み出す。


 靴音が、やけに大きく響いた。


「自分で見つけ出すものだ」


 視線が揺れない。


「誰かに与えられるものじゃない」


 その言葉は、静かだ。


 だが、確実に芯を持っている。


 揺るがない。


「それに」


 一瞬だけ。


 ほんの一瞬だけ。


 視線が奥へ向く。


 夕緋がいる、その先へ。


「今の俺には、それよりも優先するものがある」


 そして。


 はっきりと、言い切る。


「俺は私立探偵、橘守終司だ」


 その名乗りは、覚悟そのものだった。


「依頼人ファースト。スピード解決がうちの売りでね」


 ラルスが、かすかに笑う。


「……はっ、マジでいいねぇ……」


 掠れた声。


 だが、確かに楽しそうに。


 終司は、通信へ意識を向ける。


「聞こえるか、冴鳴」


『……兄さん』


 すぐに返る声。


 いつも通りの敬語。


 いつも通りの落ち着き。


 だが、ほんの少しだけ。


 揺れている。


『……いいんですか?』


 一瞬だけ。


 時間が止まる。


 終司は答えない。


 数秒。


 短い沈黙。


 その沈黙には意味がある。


 そして――


「……冴鳴」


 小さく、呼ぶ。


『……はい』


「悪い」


 たった一言。


 それだけ。


 それだけで、十分だった。


 冴鳴は、すぐには答えない。


 ほんの一瞬だけの間。


 そして――


『それでこそ、兄さんです』


 短く。


 だが、誇りを含んだ声。


 通信は静かに落ちた。


 終司は前を向く。


 迷いなどない。


「夕緋さんは、必ず俺が取り戻す」


 一歩、踏み出す。


 クエトを真正面から見据える。


「お前の計画は、ここで終わりだ」


 静寂。


 ほんのわずか。


 世界が息を止めたような間。


 クエトは、ゆっくりと息を吐いた。


「……残念です」


 その声から、わずかに温度が消える。


「非常に合理的な選択肢を提示したつもりでしたが」


 一歩、下がる。


 距離を取る。


 そして、静かに手を広げる。


「まあ、いいでしょう」


 空気が、歪む。


 見えない何かが、空間を満たしていく。


 黒と光が混ざり合う、不気味な魔力。


「力づくで理解していただくとします」


 終司は、腰を落とす。


 一歩、踏み込む。


 視線は外さない。


「実は俺も力づくっていうのは嫌いじゃない」


 低く、言い放つ。


「そもそも――」


 ほんの僅かに、口元が歪む。


「お前が真実を知ってるというなら、倒して吐かせればいいだけだ」


 クエトの口角が、ゆっくりと吊り上がる。


「ふふ……探偵とは思えない言葉ですね……っ!」


 次の瞬間。


 魔力が、爆ぜた。


 空間が軋む。


 重力すら歪むような圧。


 そして――


 世界が、弾けた。

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