第44話 その目的
「……随分と、素直に話したな」
低く。
疑念を隠さない声音。
終司は一歩も引かず、ただクエトを見据えていた。
「普通はもう少し隠すものじゃないか?」
返答は即座だった。
「隠す必要がありませんから」
あまりにも自然な声音。
迷いも、躊躇もない。
「あなたは部外者ではない」
ゆっくりと、一歩。
靴音が、やけに大きく響く。
「こちら側へ来るべき存在です」
その言葉に、終司の眉が僅かに動く。
「断ると言ったら?」
「困りますね」
穏やかなまま。
だが、その奥にあるものは一切揺れない。
「ですので、断れない状況を整えました」
終司の視線が、わずかに細まる。
「……財前と、ラスティ。それと学院の生徒か」
「ええ」
クエトは頷いた。
「優秀な被験体でしたよ。中でも特級序列はやはり質が良い」
さらりと。
何でもないことのように言う。
「魔力の適応も早い。奪う側としては非常に扱いやすくてね」
「……奪う?」
その一言で、空気が僅かに冷える。
終司の声が、低く沈んだ。
「おや」
クエトが首を傾げる。
「まだそこまでは読めていませんでしたか?」
一拍。
そして、あっさりと口にする。
「私の能力は、魔法の簒奪です」
――空気が、止まる。
言葉の意味が浸透するよりも先に、肌が理解する。
それが何を意味するのかを。
「対象の魔法使いの魔力と術式を奪い、自身のものとして行使する」
「……っ」
終司の脳裏に、先程の光景が蘇る。
あの防御。
あの、絶対に崩れなかった壁。
何故、結界魔法を行使できたのか。
「ですが、完全ではありません」
クエトは淡々と続ける。
「私がそれを使うには、元の術者が生きていなければならない」
一歩。
また一歩。
「あくまでも、リンクで繋がった不安定な状態に過ぎないのです」
終司の中で、点と点が繋がる。
違和感が、意味を持ち始める。
「……そういうことか」
視線が鋭くなる。
「つまり、財前やアスティリアが今魔力を失っているのは……お前がそれを奪っているからか」
「ええ」
即答。
「彼らの力の全てはこの私が」
その言い方は、あまりにも無機質だった。
まるで、人間ではなく素材を扱っているかのように。
「財前くんも、ラスティさんも……他の生徒たちも、全てはそのための礎なのです」
終司の拳が、僅かに軋む。
「……霧城夕緋も、そうなのか?」
その名を出した瞬間。
クエトの目が、僅かに細まる。
「ようやく、核心に触れましたね」
一歩、踏み込む。
距離が縮まる。
「結界魔法」
静かに。
だが、確かな熱を帯びて。
「あれは本来、選ばれた存在にのみ許された奇跡です。それを……」
声が、ほんの僅かに低くなる。
「どこの誰とも知れない少女が、発現させた」
空気が、変質する。
先程までの穏やかさの裏にあったものが、ほんの一瞬だけ表に滲む。
「挙げ句の果てには、"聖女"などと呼ばれている」
その言葉には、明確な嫌悪があった。
「……到底、許せるはずがないでしょう?」
終司は、何も言わない。
ただ、見ている。
聞いている。
全てを。
「だから、確かめたのですよ」
クエトは続ける。
「まずは他の魔法使いたちを使って、結界魔法を奪えるのかどうか」
「実験台にしたのか」
「ええ、その通りです」
あっさりと。
「それと同時に、保険でもあります」
「……人質か」
「理解が早くて助かります」
クエトは微笑む。
「学院の生徒たちの魔力を全て奪う。そう言われた聖女様は、どうしたのでしょうね?」
終司の目が、わずかに鋭くなる。
「やはりお前が、夕緋さんを連れ去った犯人か」
「ええ」
一拍。
「研究棟へ篭られた時はどうしようかと思いましたが、幸いにもあそこはここと繋がっていたもので」
終司の中で、ピースが嵌まる。
どうやって誰にも見られることなく研究棟から連れ去ったのか。
(……この地下への入り口が、研究棟近くにもあったからか)
だが――
それでも、引っかかる。
決定的な違和感が、消えない。
「……一つ聞く」
「どうぞ」
「なんで俺なんだ」
真っ直ぐに問う。
「お前一人でも、ここまでやれた。それなのに、わざわざ自分の目的をバラしてまで俺を引き込む理由はなぜだ?」
一拍。
クエトは――
ほんの少しだけ、楽しそうに笑った。
「決まっているでしょう」
静かに、言い切る。
「あなたが最後の鍵だからですよ」
その目が、真っ直ぐに射抜く。
「簒奪した魔法は、不完全だと言いましたね?」
「……ああ」
「ですが」
そこで、声の温度が変わる。
ほんの僅かに。
「あなたの力で術者との"リンクを断ち切る"ことが出来れば――」
空気が、張り詰める。
「それは完全に、私のものになる」
沈黙。
終司の思考が、一瞬だけ止まる。
理解は、早い。
「……なるほどな」
低く、吐き出す。
「だから俺が必要なのか」
「ええ」
クエトは満足そうに頷いた。
「あなたの力があれば、全てが完成する」
一歩。
さらに距離を詰める。
「結界魔法すらも、正しく我々のものになる」
その言葉で。
終司の中で、何かが切り替わる。
「……随分と都合がいい話だな」
低く、言う。
「そこまで分かってるなら、俺のことも全部調査済みなのか?」
「ええ」
クエトは、あっさりと頷いた。
「教皇様は、全てをご存知ですから」
「……教皇? 俺は会ったことも喋ったこともない」
「そうですか。ですが、そんなことは関係ありませんよ」
一拍。
「あなたが七年前、この場所で何を見て、何を失ったのかも」
淡々と。
当然のように。
「すべて、お見通しなのです」
(……なんだそれは)
理解できない。
「では」
クエトが、静かに言う。
「取引をしましょう」
空気が、張り詰める。
「あなたの力を貸していただく代わりに」
逃げ場を与えない間。
「その見返りをお渡しします」
終司は動かない。
だが、視線だけが鋭くなる。
「……見返り?」
「ええ」
クエトは微笑む。
そして――
ゆっくりと、言葉を落とした。
「魔女狩り事件の真実を」
その瞬間。
世界から音が消えた。
呼吸が、遠のく。
思考が、一瞬だけ止まる。
その言葉は――
あまりにも、無視の出来ない一言だった。
クエトは、ただ見ている。
選ばせるように。
誘導するように。
「……どうしますか?」
穏やかな問い。
それは、完全に主導権を握った側の声音だった。




