第43話 衝突
爆ぜた炎が、空間を飲み込む。
轟音と共に、熱が駆け抜けた。
「ははっ、いいねぇ!」
ラルスが肩を鳴らす。
「ようやく広い場所に出られたんだ。これなら酸素の心配もねぇ――」
拳に炎が集まる。
「思いっきりぶっぱなせるってわけだろ!」
「やめろ、構造そのものを壊す気か!」
終司が淡々と釘を刺す。
「はっ、ビビってんのか?」
ニヤリと笑う。
「てめぇは後ろで見てろよ」
「……くそ、人選をミスったな」
短い返答。
その直後。
「弾け飛べッ!」
炎が、解き放たれた。
直撃。
回避は不可能――そう思える一撃。
だが。
「いきなり襲いかかってくるとは……いけませんね」
静かな声。
炎の中心から、ゆっくりと人影が歩み出る。
「は?」
ラルスの眉がひそめられる。
炎は、確かに直撃していた。
だがクエトの衣服は焦げ一つない。
その周囲に、光の壁のようなものが展開されていた。
「……おい」
ラルスが目を細める。
「何だよ、それは?」
「おや、分かりませんか」
クエトは穏やかに微笑む。
「結界魔法ですよ」
「ふざけんな」
一歩踏み込む。
「使えるはずはねぇ」
炎を纏った拳が、再び構えられる。
ラルスの口角が歪む。
「それは、あの天然女にしか使えねぇはずだぞっ!」
空気が、わずかに沈む。
「さて」
クエトは首を傾げる。
「どういうことでしょうね?」
とぼける声音。
だが、その目は笑っていない。
「ちっ……」
ラルスが舌打ちする。
「気に入らねぇな」
「無理に突破するな」
終司が低く言う。
「あれが結界魔法なら、魔法で打ち破るのはまず無理だ」
「黙ってろ」
即答。
「そういうのは試してから言えってんだよ」
一瞬で間合いを詰める。
拳を振り抜く。
炎が爆ぜる。
蹴りが走る。
連撃。
連撃。
連撃。
だが――
全てが、届かない。
見えない壁に阻まれるように。
炎は弾かれ、衝撃は逸らされる。
クエトはその場からほとんど動かない。
「力任せに振るうだけでは、意味がありませんよ」
「……っ!」
さらに加速。
魔力を上げる。
炎が膨れ上がる。
「邪魔くせぇんだよっ!」
咆哮。
全力の一撃。
「燃え尽きろッ!」
爆炎が、再び空間を埋め尽くす。
だが――
「ですから」
静かな声。
「その程度では、届きません」
炎が、割れた。
中心にいるクエトを避けるように。
弾かれるように。
ラルスの動きが止まる。
「……マジかよ。どうなってんだ」
「不思議そうですね」
クエトが一歩、前に出る。
その瞬間。
空気が、変質した。
終司の視線がわずかに鋭くなる。
「ラルスくん」
穏やかな声。
だが、その奥にあるものは冷たい。
「私は、あなたに攻撃される理由が分かりません」
「はっ……」
ラルスが笑う。
だが、その額にはわずかに汗が滲んでいる。
「理由?」
拳を握る。
「てめぇが気に入らねぇからだよ」
即答。
「理由なんざ、それで十分だろうが」
「……なるほど」
クエトは小さく頷く。
「実にあなたらしい」
一拍。
「ですが」
その目が、わずかに細くなる。
「今は少し困りますね」
次の瞬間。
影が動いた。
地面から、ではない。
空間そのものから、滲み出るように。
「――っ!?」
終司が一歩踏み出しかける。
「ラルス、下がれ――」
だが、間に合わない。
黒い魔力が、一直線に走る。
「沈みなさい……黒の断罪!」
「ちっ――!!」
ラルスは回避を試みる。
だが、軌道が歪む。
追尾。
逃げ場がない。
直撃。
――轟音。
ラルスの身体が、地面に叩きつけられる。
「がは……っ」
呼吸が詰まる。
身体が、動かない。
全身の魔力の流れがぐちゃぐちゃに乱されている。
「……これは、驚きました」
クエトが、ゆっくりと歩み寄る。
「流石はラルスくん。耐久力は高いようですね」
見下ろす。
無表情に近い穏やかさで。
「とはいえ、私の黒の断罪をまともに受けてしまった」
一拍。
「あなたはここまでです」
「……ちっ……」
悔しげな舌打ち。
それが、限界だった。
静寂が落ちる。
そして――
クエトの視線が、ゆっくりと横へ向いた。
「さて」
次の標的を捉えるように。
「……これであなたとゆっくりお話が出来るというものです」
ゆっくりと向けられる視線。
完全に、標的を切り替えた目だった。
「あなたは彼と違って、いきなり襲いかかってきたりはしない」
静かな断定。
その声音に、迷いはない。
終司は一歩も動かない。
倒れたラルスを横目に捉えながらも、視線は逸らさない。
ラルスが負けること自体は、想定していないわけではなかった。
だが、ここまで一方的にやられるとも終司は思っていなかった。
しかも。
(あの防御は、間違いなく結界魔法……)
あり得ない。
あれは、使える人間が決まっている魔法だ。
理屈ではなく、前提として。
(それをどうして、この男が使える?)
答えが出ない。
だが、考え続ける。
止まれば、その瞬間に詰む。
「最初から狙いは俺だった、と?」
声は崩さない。
あくまで平坦に。
クエトの目を真っ直ぐに見据えたまま。
「ええ」
即答だった。
一切の躊躇もない。
「ラルスくんはあくまで駒の一つです」
さらりと言い切る。
「あなたをここへ連れてくるための」
その言葉に、わずかに空気が軋む。
終司の目が、ほんの僅かに細くなる。
「……随分と手の込んだことをするんだな」
「必要でしたので」
クエトは穏やかに微笑む。
「これで、私の元に全てのピースは揃いました」
一歩、踏み出す。
足音がやけに大きく響いた。
「後はあなたの力が必要なのですよ」
「俺の力?」
繰り返す。
時間を稼ぐためではない。
本気で、その意味を測りかねていた。
(こいつは何を知っていて、どこまで把握しているのか)
思考が走る。
だが。
クエトは、その隙すら楽しむように続けた。
「そう」
静かに。
確信を持って。
「あなたの持つ――魔法を斬る力」
その一言で。
空気が、変わる。
終司の思考が、一瞬だけ止まる。
完全に、見抜かれている。
ただの推測ではない。
確信を持って言っている。
「それさえあれば私の……」
クエトの口元が、わずかに歪む。
「いえ」
言い直す。
「教皇様の願いは、成就なされる!」
その瞬間。
空気が、明確に異質なものへと変わった。




