第42話 爆心地
地下道の果て。
開けた空間に出た瞬間、空気が変わった。
広い。
だが、ただ広いだけではない。
床の焼け焦げた跡。
崩れた壁面。
そして、どこか歪んだ静寂。
七年前の魔女狩り事件の最終局面。
爆心地だった。
「……まだ残ってるのか」
終司が小さく呟く。
「はっ、しみったれたところだなぁ」
ラルスが肩を鳴らす。
乾いた音が、やけに響いた。
その時――
「――思ったより早かったですね」
静かな声。
空間の中央。
祭壇にも似た高台の前に、一人の男が立っていた。
クエト。
背を向けたまま。
こちらを振り返ることもない。
まるで、最初からそこにいたかのように。
「彼ら程度では、あなたたち二人の相手にすらなりませんでしたか」
ゆっくりと、言葉が落ちる。
その声音には、感情の揺れが一切ない。
「ようこそ。歓迎しますよ」
その言葉で、終司の足が止まる。
「……俺たちが来ることが分かっていたみたいですね?」
淡々と問う。
クエトは、ゆっくりと振り返った。
柔らかな笑みを浮かべる。
「ええ、それはもう」
あまりにも自然な肯定。
「はっ」
ラルスが鼻で笑う。
「バレてんじゃねぇか」
クエトは視線を自分の手に落とす。
一瞬だけの、ほんのわずかな間。
「気付いていましたよ」
さらりと言った。
空気が、微かに張り詰める。
「……あ?」
ラルスが眉をひそめる。
「発信機、ですか」
クエトは穏やかに続ける。
「精度も申し分ない。追跡を魔法ではなくあえてこのようなものを使う辺り、流石と言って良いでしょう」
静かな評価。
だが、その内容は完全に見透かしているものだった。
終司は何も言わない。
ただ、視線だけを向ける。
「ですので」
ほんの僅かに、口角が上がる。
「こちらも少し、利用させていただきました」
その言葉が落ちた瞬間。
沈黙が、わずかに重くなる。
「……なるほど」
終司が小さく呟く。
「最初から、ここに誘導するつもりだったと」
「ええ」
否定はない。
「せっかく仕込んで頂いたのですから、この機会を利用しない手は無いと思いまして」
クエトは微笑む。
その表情は変わらない。
主導権は、完全に向こうにあった。
「チッ……」
ラルスが舌打ちする。
「なんか手玉に取られてるみたいじゃねぇか、終司」
「……別に構わない」
終司は淡々と返す。
ほんのわずかに、目が細くなる。
「ここに来れた時点で目的は達成出来てる」
「ふふ」
クエトが、わずかに笑う。
「強がり、ではないようですね」
視線が、わずかに鋭くなる。
「流石です」
「……それで」
終司が一歩踏み込む。
靴音が、静寂を裂く。
「ここで何をしているんだ?」
直球だった。
逃げ場のない問い。
空気が止まる。
クエトは、ほんの少しだけ首を傾げた。
「……どう答えましょうか」
一拍。
そして。
「ここはひとつ、慌てふためいた方が良いですか?」
「は?」
ラルスが思わず声を漏らす。
クエトは気にも留めない。
「見つかってしまった……っ! 計画が露見した……っ!」
わざとらしく肩を揺らし、声色を変える。
舞台役者のような、過剰な演技。
「こういった反応を、お望みでしょうか?」
静かに元へ戻る。
その落差が、逆に異様だった。
明確な嘲り。
それだけが残る。
「必要ない」
終司が静かに言う。
「そうですか」
クエトは素直に頷く。
「では、このままで……改めまして」
一歩も動かず。
ただ視線だけを向ける。
「お会いできて光栄ですよ」
わずかに、口角が上がる。
「探偵の橘守終司さん」
その一言で。
空気が、完全に凍りついた。
時間が止まったかのような沈黙。
「……」
終司は無言で返す。
「おいおい……」
ラルスが横目で見る。
「わけありなのはなんとなく分かっちゃいたが、お前探偵だったのかよ」
軽口のはずなのに、どこか緊張が混じる。
「……それで?」
終司は一切反応を返さず、問いを重ねる。
「俺のことを知った上で、これをやってると?」
「ええ」
あっさりと肯定した。
迷いはない。
クエトは、静かに続ける。
「ですので、あなたから一本取れた……というのは少し気分が良い」
柔らかな声音。
だがその実。
完全な上からの言葉だった。
ラルスの口元が、ゆっくりと歪む。
「はっ……」
低く笑う。
「いいねぇ」
首を鳴らす。
骨の音が、ぱきりと鳴る。
「ようやく敵って感じがしてきたじゃねぇか」
「……お前、何を」
終司に問いに答えるように、ラルスの両拳に、熱が宿る。
「決まってんだろ、そんなもん」
即答。
ニヤリと笑う。
拳を握り込む。
炎が、じわりと膨れ上がる。
「見てろ」
一歩、踏み出す。
床が、微かに軋む。
「まずはその余裕――」
ぐっと腰を落とす。
獣のような姿勢。
「ぶっ壊してやるよぉ!」
クエトは、ただ静かに見ている。
逃げる様子もない。
構える様子すらない。
その余裕を崩さぬまま。
「……仕方ありませんね」
穏やかな声。
まるで予定通りだと言わんばかりに。
その瞬間――
「弾け飛べッ!」
ラルスが、爆発した。




