第40話 黒装束
石の床を打つ足音が、地下通路に乾いて響く。
一定のリズム。
妙に整った、人工的な静けさ。
「……静かすぎるぜ」
ラルスが低く呟く。
「人の気配がねぇ」
「そうだな」
終司は周囲を一瞥する。
「ここは、通路としての機能しかなさそうだ。幸いなことに灯りもある」
「真っ暗闇を進まずには済んだわけか。一体どこに繋がってるやら」
ラルスが口角を上げる。
その時。
終司は端末を耳に当てた。
「冴鳴、聞こえるか」
『はい、兄さん』
即座に返る声。
軽く、いつも通りの調子。
『ちゃんと地下への入り口を見つけられたようで』
「なんとかな」
『てっきり、床を切り刻むかと思ってました』
「後で損害賠償吹っかけられたら困るだろ……」
『その時は兄さんの給料から天引きしますので』
「冗談はそれくらいにして、本題だ。状況は分かってるな?」
一拍。
声色がわずかに切り替わる。
『兄さんたちの現在位置、把握済みです。発信機の反応も正常に追えてます』
「このまま案内を頼む」
『了解です。そのまま直進。三十メートル先の通路を右です』
「分かった」
早足で歩き出す。
その横で――
「なぁ」
ラルスが口を開く。
「なんだ」
「終司はあの三人のうち、どれ狙いだ?」
「……は?」
「いやいや、とぼけるなって」
ラルスが笑う。
「能面女、医者、後輩。どれだ?」
「そういうことか……こんな時にそんなくだらないことを聞くな」
即答。
「つまんねぇなぁ……ちなみにあの中だと、医者の胸が一番でけぇぞ?」
「……お前な」
終司が小さく息を吐く。
『――止まってください』
冴鳴の声が鋭くなる。
『前方に反応。来ます』
同時に、空気が変わる。
気配が滲む。
「……いるぜ?」
「ああ」
視界の奥。
ぼんやりとした光の中に、影が浮かび上がる。
黒装束。
顔は見えない。
次の瞬間、無言のまま踏み込んできた。
「お、なかなか速ぇな」
ラルスが笑う。
同時に手を上げる。
空気が熱を帯びる。
「ラルス、炎はやめろ」
「……あ?」
「ここは地下だ。酸素を持っていかれたら俺たちまでやられるぞ」
「……ちっ」
舌打ち。
だが、炎は消える。
「マジでめんどくせぇな」
『正しい判断です。酸欠で自滅は笑えませんので』
「聞こえてるぞ、ナビゲーターさんよぉ」
ラルスが肩を鳴らす。
「そんじゃまぁ、ここは男らしく拳でぶん殴ることにするぜ!」
次の瞬間。
黒装束が一気に間合いを詰めてくる。
左右から同時。
さらに後方からもう一人。
連携攻撃だ。
「いいねぇ!」
ラルスが踏み込む。
真正面の一人へ――正拳。
顔面に直撃。
そのまま身体が浮き、壁へ叩きつけられる。
だが終わらない。
横からの一撃。
腕を振り抜いてくる。
ラルスはそれを肩で受け――
「軽ぃなぁ」
掴む。
そのまま引き寄せ、膝を腹へ叩き込む。
「がっ……!」
呼吸が潰れる。
さらに。
背後から迫る影。
振り向きざま、肘打ち。
顎を砕く勢いで叩き込む。
ぐらりと揺れる身体。
それをそのまま、床へ叩きつける。
残り一人。
間合いを取り直し、低い姿勢からの突進。
「悪くはねぇが」
ラルスが笑う。
一歩踏み込む。
真正面から受ける――と見せかけて半身で躱す。
腕を絡める。
体重を乗せて、そのまま投げる。
地面に叩きつけられ鈍い音が鳴る。
そのまま完全に沈黙。
戦闘時間は数秒。
それで終わった。
「……ふぅ」
ラルスが肩を回す。
「準備運動くらいにはなったな」
終司が一歩近づく。
「加勢した方が良かったか?」
「いらねぇよ、そんなもん」
即答。
ニヤリと笑う。
「このくらい、魔法無しでも一人で十分だ」
ラルスは倒れた黒装束の一人にしゃがみ込む。
フードに手をかけ――
めくる。
「……はっ」
口角が上がる。
「こいつ、見覚えがあんな」
顔を覗き込む。
「聖堂にいた修道士だ」
終司の目が細くなる。
「これで確定、か」
「表は聖職者気取って、裏ではこれってわけか」
ラルスが立ち上がる。
楽しそうに笑う。
「いよいよ、本格的に臭くなってきやがったぜ」
『発信機の反応、さらに奥へ移動中です』
冴鳴の声が入る。
『時間はあまりないかと』
「分かってる」
終司が前を見る。
通路はまだ続いている。
「行くぞ」
「ああ」
ラルスも頷く。
二人は、確信を持って踏み込んでいった。




