第39話 地下への入り口
風を切る音だけが、耳に残る。
地面を蹴るたびに、景色が流れる。
一直線。
最短距離。
障害物は避けるのではなく、踏み越え、跳び越えて進む。
柵を踏み台にして加速し、壁を蹴り、屋根を伝う。
減速はしない。
止まる理由はない。
視界の先に、聖堂の白い外壁が見えた。
次の瞬間には、もう目の前だ。
「おっせぇ――って言いたいところだが」
入口の前。
壁に寄りかかっていたラルスが、わずかに目を見開く。
「お前、マジで早ぇじゃねぇか」
「急いできたからな」
終司は何事もなかったかのように言う。
呼吸は乱れていない。
「いや、急いだで済む動きじゃねぇだろ。屋根の上まで走ってきやがって」
「最短距離だったからな」
「お前もたいがいだな」
呆れたように息を吐きながらも、ラルスの口元は楽しげに歪んでいる。
「で?」
顎で扉を示す。
「あれ、ぶち破るか?」
「やめとけ」
即答だった。
「音が響く。目立つの得策じゃない」
「今更じゃねぇか」
「ダメだ」
一拍。
「まだ、向こうに気づかせる必要はない」
「……へぇ」
ラルスがにやりと笑う。
「そういう腹ってわけか」
終司はそれに答えず、ポケットから鍵を取り出す。
「正面から入るぞ」
「優等生かよ」
鍵を差し込む。
カチ、と小さな音。
扉が、音もなく開いた。
「よし、入るぞ」
「……はっ」
ラルスが軽く吹き出す。
「あの能面女が鍵なんて貸したのかよ」
一歩踏み出しながら、肩をすくめる。
「あの規則にうるせぇ女がねぇ」
「状況が状況だからじゃないか?」
「それでも貸すタイプじゃねぇだろ、普通は」
「必要だと判断したんだろ」
「……お前、気に入られてんじゃねぇの?」
「それはないと思うが」
軽口を叩きながら、二人は中へ入る。
――静かだった。
異様なほどに。
空気が、張り付く。
音が、吸い込まれる。
「……誰もいねぇな」
ラルスが低く呟く。
「そうだな」
終司は視線だけで周囲をなぞる。
長椅子。
燭台。
整えられた床。
どこにも乱れはない。
だが、人の気配はまるでない。
「普段なら、何人か居るはずなんだがな」
「修道士か」
「そうだ。見回りなり、掃除なり、誰かしらな」
「……引かせたか」
「もしくは、消された……とかな?」
ラルスが笑う。
「どっちにしろ、普通の状況じゃねぇ」
二人はゆっくりと歩く。
足音が、やけに響く。
――だが、その響き方が妙だった。
「……ん、反響が変だな」
「気づいたか」
終司が小さく言う。
「おそらく、床の下に空間がある」
「なるほどな」
ラルスが軽く肩を回す。
「で、入口はどこだ?」
「それを探すんだ」
終司は短く答え、そのまま歩き出す。
壁に触れ、柱を叩き、床を踏みしめる。
音と感触を確かめながら、無駄なく動く。
だが、露骨な仕掛けはない。
「随分と丁寧に隠してるじゃねぇか」
「いや」
終司は首を振る。
「そうでもない」
終司は進路を変える。
一直線に、祭壇へ。
そして、その手前で足を止める。
「……ここだな」
「何がだよ」
「感じないか?」
ラルスが眉を寄せる。
集中する。
数秒。
そして――
「……あぁ?」
わずかに目を細める。
「風か……?」
「下からだな」
ほんのわずか。
だが確かに、足元から空気が流れている。
終司はしゃがみ込む。
「軽く火を出せるか?」
「おう」
ラルスが指先に火を灯す。
小さな炎。
揺れる灯り。
「……ほらよ」
その炎を差し出す。
――揺れた。
微かに、引かれるような動き。
「ここだな」
「へぇ、そうやって探すのか」
終司は炎を頼りに床を見ていく。
白い大理石。
継ぎ目は、ない。
完璧な一枚板のように見える。
だが――
「……あった」
指が止まる。
ほんのわずかな線。
傷にも見える程度の違和感。
「このタイプなら恐らく……」
指でなぞる。
感触が、わずかに違う。
「よく見つけんな、そんなもん」
「パターンと慣れだ」
終司はそこを押す。
わずかに沈む。
そのまま、横にずらす。
――カチ。
内部で何かが噛み合う音。
次の瞬間。
低い振動とともに、床の一部がゆっくりとスライドした。
「……おいおい」
ラルスが笑う。
「本当にあったじゃねぇか」
現れたのは、下へと続く階段。
暗い穴。
冷たい空気が、静かに流れ出てくる。
「当たりだな」
「ハズレだったら床ごとぶち破っても良かったんだがなぁ」
「そうさせないために探したんだ」
終司は立ち上がる。
躊躇はない。
一歩、踏み出す。
「行くぞ」
「言われなくてもな」
ラルスも続く。
「こういうのは先に行ったもん勝ちだろ?」
「落ちるなよ」
「誰に言ってんだ」
二人は、そのまま地下へと足を踏み入れる。
光の届かない場所へ。
何かが潜む、その奥へ。




