第38話 行動開始
医務室の空気が、ようやく落ち着きを取り戻し始めた、その時だった。
――ピリリッ。
終司の端末が、小さく震える。
「……来たか」
画面を確認する。
「終司くん?」
リトリが視線を向ける。
「ラルスからだ」
そのまま、終司は通話を繋ぐ。
「もしもし」
『おせぇぞ』
開口一番、苛立った声。
だが、その裏に緊張が混じっている。
「何か動きがあったか?」
『……妙だ。発信機の追跡データを見てみろ』
一拍。
『あいつ、見てる感じ聖堂から出てきてねぇんだが』
「……はぁ」
旭が小さく声を漏らす。
『反応は動いてやがる。もうこのデータ上では聖堂の外だぞ』
空気が変わる。
終司の目がわずかに細まる。
「どっちに動いてる」
『これを見た感じだと南だな。研究棟の方面か?』
即答だった。
『真っ直ぐじゃなく、何かを避けるように移動してるみてぇだ』
「……地下か」
『それか、秘密の抜け道ってところだろうな』
一瞬の沈黙。
終司の視線がわずかに落ちる。
考える時間は、ほとんどない。
「学院に地下は?」
「本校舎に物資運搬用の搬入路がある程度です」
エリューシアが即答する。
「それ以外の施設には……地下構造はありません」
「……そうか」
小さく息を吐く。
「よし、二手に分かれよう」
迷いはなかった。
「ラルス」
『あぁ?』
「そのままそこで待ってろ」
『おいおい、この状況で俺が待ちなんざ――』
「俺がそっちに行く」
一拍。
『……は? マジか?』
「聖堂のどこかに通路があるはずだ。そこから潜って、後ろから追う」
『はっ……やっと面白くなってきたな』
ラルスの声が、明らかに変わる。
獲物を前にした獣のそれだった。
「すぐ行くから、そこから動くなよ」
『遅ぇと置いてくぞ』
「……待ってろ」
通話は切らないまま、終司は端末を持ち替える。
「冴鳴、聞こえてるか」
『はい、兄さん』
即座に割り込む声。
『全部聞いてましたよ。相変わらず、無茶な動きをしますね?』
「褒めてるのか?」
『まさか、皮肉ですよ』
即答だった。
だが、通信は切れない。
「発信機の位置を共有できるか」
『エリューさんに、ですよね』
「ああ」
『もう送ってます』
一拍。
『言われる前にやるのがプロですから』
「助かる」
『当然です』
ほんのわずかに、誇らしげな声音。
『それと、移動ログから内部の経路もある程度推測しました』
「ナビできるか?」
『当然です。迷わないでくださいよ?』
「迷ったこと、今まであったか?」
『その自信だけは評価しますよ』
通信が少しだけ静かになる。
「頼む」
『……任せてください』
その一言だけ、ほんの少しだけ柔らかかった。
通信がクリアになる。
「……共有、確認しました」
エリューシアが端末を見ながら言う。
「精度も高い。妹さん、本当に優秀な方ですね」
「最高の助手だよ」
終司は軽く返す。
「これで、地上からの追跡が可能です」
「よし」
視線を上げる。
「旭、君は彼女と一緒に行ってくれ」
「えっ」
少し驚いた声。
「俺とは別行動だ」
「……先輩と、一緒じゃないんですか?」
「今回はな」
短く言う。
「地上に出てくる可能性もある。その時、人数ならバランスは取っておいた方が良い」
「……なるほど」
エリューシアが頷く。
「挟み撃ち、ですね」
「そういうことだ」
「……分かりました」
旭はしっかりと頷く。
「私、やります」
「頼んだよ」
終司は短く返す。
そしてエリューシアへ。
「そっちは任せた」
「はい」
迷いはない。
「必ず、守ります」
一歩、旭の前に出るように立つ。
「旭さんは、私のそばから離れないでくださいね?」
「は、はい!」
緊張しながらも頷く。
「終司さん」
エリューシアが呼び止める。
何かを放る。
「っと」
受け取る。
金属音。
「……鍵?」
「聖堂の鍵です」
「いいのか?」
「今は、あなたが持つべきかと」
一拍。
「中を調べるなら、必要でしょうから」
「……助かる」
短く言って、それをしまう。
『おい、終司』
ラルスの声が割り込む。
『早くしねぇとクエトのやつが追えなくなるぞ』
「分かってる」
すぐに返す。
「今から行く」
『チッ、さっさと来い』
「……待ってろ」
通話の向こうで、笑う気配。
完全に楽しんでいる。
「よし、行ってくる」
終司が背を向ける。
「先輩!」
旭の声。
「気をつけてください!」
「ああ」
振り返らずに返す。
そのまま、扉へ向かう。
「終司くん」
リトリの声が、静かに呼び止める。
ほんの少しだけ足を止める。
「……ここは任せて」
柔らかい声だった。
「この子たちは、ちゃんと私が守るから」
一拍。
「だから、無理しないでね」
いつもの軽さじゃない。
医者としての、そして仲間としての言葉。
終司は一瞬だけ視線を向ける。
「……ああ」
それだけで十分だった。
「二人のことは任せた」
「うん」
小さく頷く。
その後ろで。
財前とラスティが、不安そうにこちらを見ている。
「……ねぇ」
ラスティが小さく言う。
「何が起きてるの……?」
終司は足を止めない。
ただ、一言だけ残す。
「それを、確かめに行くんだ」
扉が開く。
外の空気が流れ込む。
そして――
走り出す。
向かう先は、聖堂。




