第35話 仕込み
聖堂から少し距離を取ったところで、終司は足を止めた。
振り返る。
誰も何も言わない。
「……先輩」
最初に口を開いたのは、旭だった。
じっと見てくる。
「説明、してもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん」
終司はあっさり頷いた。
「正直どこから聞けばいいか分からないんですけど……」
「どこからでもいい」
「じゃあ全部聞きます」
間髪入れない。
少しだけ空気が緩む。
「まず一つ」
旭が指を立てる。
「さっきの最後のやつです。結界石の話、あれ絶対わざとですよね?」
「ああ」
「やっぱり……」
「軽く揺さぶりをかけた。あの後、動くかどうかを見るために」
「動くって……何をですか?」
「決まってる」
一拍。
「隠してるものの確認か、証拠の処理だ」
空気がわずかに張る。
「……なるほど」
エリューシアが静かに頷く。
「つまり、あの一言で行動を誘導した、と」
「そういうことだ」
「お前、あいつと握手した時に何か仕込んだだろ」
ラルスが口元をにやけさせながら割って入る。
終司は否定しない。
「ああ。クエトの袖裏に発信機を仕込んだ」
「やっぱりな」
ラルスが小さく笑う。
「えっ!?」
旭が驚く。
「そんなことしてたんですか!?」
「よくやる手だよ」
「言ってくださいよ!?」
「言えるわけないだろ」
あっさり。
「あいつに気取られるわけにはいかなかったしな」
「それは……そうですけど……!」
納得はしてるが、不満は残る顔。
「事前共有によるリスクを排除した、と。合理的だと思いますよ?」
エリューシアは静かに言う。
「際どい方法でもありますけど」
「分かってる」
終司は肩をすくめた。
「ひとまず、これで一手は打った」
短い一言。
それ以上でもそれ以下でもない。
「……で?」
ラルスが口を開く。
「結界石の話だ」
少しだけ、空気が変わる。
「お前、気づいてんだろ?」
ラルスの発言に旭が眉をひそめる。
「どういうことですか?」
「聖堂だけ、結界の範囲からずらされていただろ」
一拍。
「あれをやったやつが誰なのか検討がついてる」
「……誰です?」
「ラルスだ」
「……ちっ」
視線がぶつかる。
数秒の沈黙。
「お前、何で分かったんだよ」
ラルスが呆れたように笑う。
「結界石の動かし方の雑さ……かな?」
「言っておくが、俺は頼まれてやっただけだぞ」
軽く肩を回す。
「学院長に口止めされてたんだけどなぁ」
「え……?」
旭が目を見開く。
「なんでそんなこと……」
「報酬が美味かったんでな」
悪びれもなく言う。
「この能面女と学術祭で本気でやり合わせてくれるなんて話を出されりゃ、な?」
「……なるほど。急遽、私との対戦が組まれた理由はそれでしたか」
「俺が動く理由としては十分だろ」
悪びれない。
「こいつのやったことは悪いことじゃない」
「どういうことです? 私、もうわけがわからなくなっちゃいました……」
「必要だったんだ。リトリが俺よりも先に聖堂に入るのを防ぐために」
その一言で、空気が止まる。
「……え?」
リトリが瞬きをする。
「どういうこと?」
「もし結界石がそのままだったら」
終司は淡々と続ける。
「魔力探知で違和感に気づいたリトリが、俺より先にクエトに接触してた可能性がある」
「……あ」
リトリの表情が変わる。
「確かに……現に違和感のあったポイントは終司くんたちに会う前に私もチェックして回ってたから」
「だろ?」
「うん……」
苦笑する。
「もし、そのタイミングで聖堂でクエトと接触していたら」
一拍。
「取り込まれていた可能性がある」
静かに言い切る。
リトリの表情が、ほんの少しだけ固まる。
「……それは、否定できないかな」
小さく息を吐く。
「クエト先生、ああいうタイプだし」
「生徒からの信頼も厚いですからね」
エリューシアが続ける。
「疑いを持たずに話を聞いてしまう可能性は高いと思います」
「特に、リトリは四耀だ」
終司が言う。
「標的としては十分すぎる」
「……なるほど」
エリューシアが静かに目を細める。
「学院長は、それを避けたかったってことだね?」
「そのために、ラルスを使って結界石を動かした。それと同時に」
一拍。
「俺に聖堂へ向かわせる導線を作った」
「……全部繋がってますね」
旭が小さく呟く。
「うん」
リトリも頷く。
「確かに、先にクエト先生の話を聞いていたらそっちに耳を傾けていたかもしれない」
「そういうことだ」
「……でも」
旭が顔を上げる。
「なんでそこまでして、学院長は遠回しなことを……?」
「確証がないからだ」
終司は即答する。
「相手はレナルス教だ。証拠もないのに下手には動けない」
沈黙。
「だから、わざわざ先輩を招き入れるように働きかけた」
「そうだ」
視線が、わずかに旭へ向く。
「君を通してな」
旭は少しだけ黙る。
でも――
「……いいんです」
顔を上げる。
「結局、学院長もお姉ちゃんを探すのに手を貸してくれてたってことですよね」
「……ああ」
終司は短く返す。
学院長に思うところはあるものの、結果的には旭に対して協力する姿勢なのは間違いはない。
だからこそ、終司は複雑そうな表情を浮かべる。
「……で?」
ラルスが笑う。
「仕込んだ発信機とやらで、どう動くんだよ?」
「クエトの次の行動を待つ」
静かに言い切る。
「夕緋さんの名前をあえて出したのは、やはりわざとでしたか」
「個人を特定するような証拠は今の所何も無かったからな」
「カマをかけたわけだ? 相変わらず良い性格してるなぁ……」
夕暮れの空気が、わずかに張り詰める。
「……いよいよなんですね」
旭が小さく呟く。
「はい」
エリューシアも頷く。
誰も否定しない。
全員、同じ方向を見ている。
聖堂の奥……その先にある何かを。
その時だった。
――ピリリ。
「……ん?」
リトリがわずかに眉をひそめる。
制服のポケットから、小型の通信端末を取り出す。
「どうした?」
終司が視線を向ける。
「医務室からみたい……」
短く答えながら、画面に目を落とす。
そして――
「……あ」
わずかに目を見開いた。
「どうしたんですー?」
旭が身を乗り出す。
「……起きたって」
一瞬、空気が止まる。
「財前くんたち、目を覚ましたみたい!」
「は?」
ラルスが片眉を上げる。
「ずいぶん都合のいいタイミングじゃねぇか」
「……だね」
リトリも同じことを思っている顔だった。
「容態は?」
エリューシアが即座に問う。
「安定してるって。でも……」
一拍。
「やっぱり、魔力は戻ってないみたい」
「先輩……」
旭が終司を見る。
「行きましょう」
エリューシアは短く言った。
「直接確認した方が良いと思います」
「はい!」
旭が即答する。
「当然、私も行くよ」
リトリが端末をしまいながら言う。
だが――
「……いや」
終司が足を止めた。
「俺はここに残る」
一瞬、空気が止まる。
「え?」
旭が目を見開く。
「どうしてですか?」
「クエトの動きが気になる」
短い理由。
「発信機は仕込んだが、ここで張っていた方がすぐに動ける」
「ですが――」
エリューシアが言いかけた、その時。
「……待てよ」
ラルスが口を挟んだ。
全員の視線がそちらへ向く。
「ここは俺だろうが」
「……何?」
終司が視線を向ける。
「お前は行けよ」
顎で医務室の方向を示す。
「財前たちの状態、一度は自分の目で見ておいた方がいいんじゃねぇのか?」
一拍。
「それに」
ラルスは口角を上げる。
「ここに残ってれば、一番面白いタイミングで動けるだろ?」
ニヤリと笑う。
「どういう風の吹き回しですか?」
エリューシアが静かに問う。
疑うような視線。
「別に」
肩をすくめる。
「ただの気分だよ」
「信用できませんね」
「はっ、だろうな」
即答。
だが――
「終司。発信機の情報、俺にも回せ」
一歩、踏み込む。
「変な動きがあれば、すぐ連絡してやる」
その声は、さっきまでよりも少しだけ低い。
「……やれるのか?」
終司が問う。
「誰に言ってんだ」
鼻で笑う。
「気配消すのも、張るのも、追うのも」
一拍。
「全部、俺の得意分野だ」
沈黙。
ほんの数秒。
そして――
「……分かった」
終司が頷く。
「お前に任せる」
「おう」
軽く手を上げる。
「任されたぜ」
「……大丈夫なんですか?」
旭が小さく聞く。
「正直大丈夫とは言いたくない」
終司は短く答える。
「でも、こいつが一番適任だ」
「聞こえてるぞ」
ラルスが笑う。
「褒め言葉として受け取っといてやる」
「……行こう」
終司が言う。
今度こそ、三人は動き出す。
医務室へ向かって。




