表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/58

第34話 探り合い

 聖堂の扉を押し開ける。


 静寂が、すっと肌に張り付いた。


 祭壇の前。


 そこに、クエトは立っていた。


「おや」


 穏やかな声。


「皆さん、お揃いで」


 ゆっくりと振り返る。


 その表情は、相変わらず柔らかい。


「こんばんは、クエト先生」


 エリューシアが一歩前へ出る。


 姿勢は正しく、視線はまっすぐ。


「少し、お時間よろしいでしょうか」


「ええ、もちろん」


 迷いのない返答。


 歓迎するように、軽く手を広げる。


 視線が、五人を順に捉える。


「彼らを、連れ出されたのですね?」


 一瞬。


 空気が、わずかに止まる。


「……彼ら?」


 リトリが眉をひそめる。


 わずかに、声の温度が下がる。


「財前くんとアスティリアさんですよ」


 変わらぬ微笑。


「ここから、医務室へ」


 静かに言い切る。


 エリューシアがわずかに目を細めた。


 ほんの一瞬、視線が終司へ流れる。


「学院長の判断です」


 短く、端的に返す。


「そうですか」


 クエトは小さく頷いた。


 驚きはない。


 まるで、最初から分かっていたかのように。


「……あの人にも困ったものだ」


 ぽつりと零す。


「せっかく、安らげる場所を用意してあげていたのですが」


 その言葉に、リトリの指先がわずかに動く。


 何かを言いかけて――止めた。


「……それで」


 終司が口を開く。


 空気が、僅かに締まる。


「あなたに聞きたいことがあります」


「ええ、どうぞ」


 柔らかいままの声音。


「ラルスに、俺のことを話しましたね。何故です?」


 直球だった。


 間を置かない。


「……ああ」


 クエトはあっさりと頷く。


「雑談の中で軽く触れた程度ですよ」


「はっ、あれが雑談ねぇ。わざわざメールを寄越して来たくせによ」


 ラルスが鼻で笑う。


 わざとらしく肩を鳴らす。


「あなたなら興味を持つと思いまして」


 穏やかな声。


 まるで当然のことのように。


「実際、手合わせもされたはず」


 一拍。


「学院にとっても、悪いことではないでしょう」


「……あのタイミングは、随分と都合が良いように感じますね」


 終司が一歩踏み込む。


 靴音が、やけに響く。


「相談に乗るだけの教師の動きではないと思いますが?」


 空気が冷える。


 張り詰める。


 だが――


「……確かに」


 クエトはあっさりと認めた。


「余計なお世話だったかもしれませんね」


 軽い。


 あまりにも軽い。


 その温度差に、旭がわずかに息を呑む。


「それと」


 終司は続ける。


「最近、体調を崩した生徒がここに流れているという話があります」


「ええ」


 クエトは自然に頷く。


「相談に来る方は増えていますね」


「医務室ではなく、ここに」


「そうですね」


 否定しない。


 リトリがわずかに視線を落とす。


 ほんの少しだけ、唇が引き結ばれる。


「……不思議ですね」


 終司の声は平坦だった。


「理由を聞いても、なんとなくそうした方がいい気がしたと、全員一貫してその理由を述べてる」


 一歩、間を詰める。


 距離が、ほんの少しだけ近づく。


「これは偶然ですか?」


 クエトは沈黙する。


 ほんの数秒。


 だが、長く感じる。


 それでも――


 表情は崩れない。


「それと」


 終司がさらに続ける。


 間を与えない。


「財前たちみたいに、ここに留めている生徒は他にもいるのでは?」


 一瞬。


 ほんのわずかに、間が空く。


 その沈黙に、旭の肩がわずかに強張る。


「いいえ」


 クエトは穏やかに首を振った。


「今のところ、あの二人だけですよ」


 静かな否定。


「ですが」


 一拍。


 視線が、全員をなぞる。


「必要であれば、場所を提供することはあります」


 さらりと言う。


「ここは、そういう場所ですから」


「……なるほど」


 終司はそれ以上追わない。


 すっと力を抜く。


「聞きたいことはそれだけでしょうか? この後、少し用事があって申し訳ないのですが……」


「分かりました。もう結構です」


 あっさりと引く。


「先輩、もういいんですか?」


 旭が小さく聞く。


「ああ、聞きたいことは聞けたし、用事があると仰っているのに無理強いは出来ない」


「先輩がそういうなら……」


 少しだけ名残惜しそうに頷く。


「おいおい、そりゃないぜ? これで終わりって……」


 ラルスが口を挟む。


 が――


 終司の視線一つで止まる。


「……なるほどなぁ?」


 にやりと笑う。


「分かった。今回は大人しくしといてやる」


 完全には納得していない顔。


 だが、引く。


「それじゃ、皆外へ出よう。クエトさん、お話ありがとうございました」


 そう言って、終司は一歩踏み出す。


 そして――


 自然な動作で、手を差し出した。


 一瞬だけ、クエトの視線がその手に落ちる。


 だが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「ああ、これはご丁寧に」


 その手を、静かに握る。


 細く、冷たい指先。


 だが握力は意外なほど確かだった。


「色々と失礼な物言いもあったかと思いますが、また、お話できる機会があれば」


「いえいえ。私でよければまたいつでも」


 穏やかなやり取り。


 ほんの数秒。


 それだけの接触。


 二人は何事もなかったかのように、手を離す。


「……あ、最後に一つ」


 出口向かいながら、終司が振り返る。


「結界石」


 その一言で、空気が変わる。


 ぴたりと、止まる。


「聖堂の近くにも、一つありましたよね」


「ええ」


 クエトは頷く。


「それがどうかしましたか?」


「いえ、もしかしたらもうご存知かもしれないですが」


 終司は肩をすくめる。


 何でもないことのように。


「聖堂だけ、外れてるみたいなので」


 沈黙。


 空気が、重く沈む。


 誰も動かない。


「……だからですかね」


 視線だけを向ける。


 真っ直ぐに。


「夕緋さんの魔力をここから感じたのは」


 ――止まる。


 時間が、わずかに歪む。


 旭が息を止める。


 リトリの指が、わずかに震える。


 エリューシアの視線が鋭くなる。


 ラルスだけが、楽しそうに口角を上げる。


 その中で。


 クエトだけが――


 ゆっくりと、微笑んだ。


「……なるほど」


 穏やかな声。


 ほんの少しだけ、深くなる。


「結界石の話、ありがとうございます」


 一歩も動かない。


「こちらで調整しますので、ご安心を」


 肯定も否定もしない。


 ただ、それだけ。


「行こう」


 終司が背を向ける。


 今度こそ、全員が従った。


 扉を抜け、外に出る。


 その空気はやけに重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ