第27話 食事会
「……なるほどなぁ」
小さく呟く。
ラルスは一度だけ終司の顔をじっと見てから、口元を歪めた。
「聞きてぇのは、そこか」
面白がるような笑みだった。
「で?」
一口、肉を放り込みながら続ける。
咀嚼の音が、やけにゆっくり響く。
「それを知ってどうすんだ?」
「それはお前に話す必要はないだろ」
間を置かず返す終司に、ラルスは鼻で笑った。
「まぁ、そう言うとは思ったぜ。けどよぉ?」
箸を置く。
肘をつき、頬杖をつく。
「俺にメリットがねぇだろ」
軽く首を傾ける。
「タダで話すのもなぁ?」
「……何が欲しい?」
終司は即座に返す。
迷いがない。
ラルスの口角がさらに上がった。
「そうだなぁ」
一拍、わざと考える素振りを見せる。
「俺ともう一回、とかな?」
ぐっと身を乗り出す。
テーブル越しに圧がかかる。
「今度は本気で……」
「え、またやるつもりですか!?」
旭が思わず声を上げた。
周囲の視線が一瞬こちらに寄る。
「それくらい、タダで教えてくれたっていいじゃないですか!」
間髪入れずに食ってかかる。
一瞬。
ラルスの視線がすっと横へ流れた。
「てめぇ……」
低く呟く。
じろりと睨むその目は鋭いが、どこか楽しげでもある。
「随分生意気じゃねぇか」
椅子に深く腰掛け直しながら、鼻を鳴らす。
「俺は先輩だぞ? もうちょい敬意ってもんがだなぁ……」
「尊敬できるところがあれば考えますけど?」
間髪入れない即答。
ラルスの眉がぴくりと動いた。
ほんの一瞬の沈黙。
「はっ、言うじゃねぇか」
次の瞬間には、笑っていた。
「まあいい。そういう跳ね返りの強い女は嫌いじゃねぇ」
「別に嫌ってくれていいです」
旭はそっぽを向く。
終司は小さく息を吐いた。
「……話を戻すぞ」
一言で、空気が切り替わる。
「悪いが、お前と本気でやり合う気は無い」
「は?」
短い否定。
「殺し合いはごめんだ」
淡々とした声。
その言葉の温度の低さに、空気がわずかに沈む。
一瞬の沈黙。
そして――
「はっ……はははっ! その返しは予想してなかったぜ」
ラルスが大きく笑った。
腹の底からの笑い。
「まぁ、本気で言ったのは俺だしなぁ。やるならそうなるかぁ」
楽しそうに肩をすくめる。
「こ、殺し合いってそんな……」
旭が引き気味に呟いた、その時だった。
「でしたら」
静かな声が割って入る。
エリューシアだった。
二人の視線が同時に向く。
「ラルスさんの付けているそれを外す……というのはいかがでしょう?」
一瞬。
ラルスの動きが止まる。
笑みが、ほんのわずかに消える。
「……は?」
低い声。
「そのチョーカーを外します」
エリューシアは淡々と続ける。
揺らぎはない。
「その代わり、話をしていただけたら」
取引の提示。
余計な言葉は一切ない。
「……いいのかよ、それ。学生会長がそんな取引みたいな真似してよぉ?」
ラルスの声音が変わる。
試すような響き。
「模擬戦ならまだしも、殺し合いなど容認出来ませんから」
即答だった。
「全責任は私が負います」
視線は一切逸れない。
まっすぐ、ラルスだけを見ている。
ラルスはその顔をじっと見つめ――
「……はっ」
小さく笑った。
背もたれに体を預ける。
「いいぜ。その条件、乗ってやる。いい加減この首輪もうんざりだしな?」
軽く首元に触れる仕草。
その瞬間。
エリューシアはためらいなく手を伸ばした。
指先がチョーカーに触れる。
カチリ、と小さな音。
拘束が解かれる。
「では、先払いです」
「へぇ」
ラルスは軽く首を鳴らす。
解放された感触を確かめるように。
「随分あっさり外すじゃねぇか」
「約束ですから」
短い返答。
「はっ、いいねぇ」
満足げに笑い、視線を終司へ戻す。
「では、ラルスさん。お話を」
「別に大した話じゃねぇよ」
気の抜けた調子で言う。
「ただ、来るって聞いただけだ」
「それは誰からだと聞いている」
終司が被せる。
その圧に、ラルスは口の端を上げた。
「せっかちだなぁ」
くつくつと笑う。
「まぁいい」
一瞬、視線を外す。
記憶を辿るように。
「俺に連絡を寄越してきたのは、聖堂の祭司……」
そして、あっさりと言った。
「クエトだ」
空気が、わずかに沈む。
遠くで食器の音が鳴る。
それだけがやけに響いた。
「……クエト、先生が?」
旭が小さく呟く。
エリューシアは無言のまま、ほんのわずかに目を細める。
終司だけが変わらない。
「どういう経緯だ」
「経緯もクソもねぇよ」
ラルスは肩を回す。
骨の鳴る音が小さく響く。
「昼過ぎくらいだったか? あいつから連絡が来てよ……これだ」
端末を差し出す。
画面の光が、テーブルの上を淡く照らす。
そこに並ぶ情報。
終司の顔写真。
行動予測。
――準備されていた、というのがよく分かる内容だった。
「このメールだけでお前は俺を?」
「これだけで十分だろうが」
即答。
にやりと笑う。
「強ぇやつが来るって聞いて、行かねぇ理由があるか?」
「……これがあるから、扱いやすいんだろうな」
終司がぼそりと呟く。
「ちっ、なんかムカついてきたな」
ラルスが立ち上がる。
がた、と椅子が鳴る。
周囲の視線がまた集まる。
「よし、ちょっと文句でも言いに行くかぁ」
「……クエトのところへか?」
「他に誰がいんだよ」
にやりと笑う。
「お前らも来るか?」
振り返る。
終司はわずかに目を細め――
「……ああ」
短く答える。
「俺も行こう」
ラルスは満足そうに笑った。
「そうこなくちゃなぁ?」
「それは無理です」
その一言が、流れを止めた。
エリューシアだった。
「あぁん? 何が無理なんだよ?」
「クエト先生は、今日の夕方から学院の外へ出ています」
「あぁ? くそっ、タイミングが悪りぃな」
舌打ち。
「いつ戻ってくるか分かるか?」
「明日の夜には、恐らく」
「なら、明日の夜に改めてカチコミといくかぁ」
ラルスは一度息を吐き――
そのまま、何事もなかったかのように椅子にどかっと座り直した。
「なら、話は終わりだな」
再び箸を手に取る。
肉をつまみ上げる。
「明日に備えて今は食えるだけ食うか」
あまりにも自然な切り替えだった。
「……き、切り替え早いですね」
旭が呆れたように言う。
「お前だって食いそびれたくはねぇだろうが」
「それはそうですけど……」
旭はトレーに目を落とす。
湯気が、まだ立っている。
温度は、ちゃんと残っていた。
「……いただきます」
ぽつりと呟き、手を合わせる。
エリューシアも静かに同じ動作を取る。
終司は一瞬だけ三人を見て――何も言わずに箸を取った。
しばし、無言。
食器の触れ合う音。
咀嚼の音。
それだけが続く。
先ほどまでの張り詰めた空気は、嘘のように溶けていた。
「やっぱり、美味しいですね」
旭が思わず声を漏らす。
頬が少し緩んでいる。
「だろ?」
ラルスが口の端を上げる。
「ここの食堂は当たりだ。特に肉だな」
「さっきからそればっか食べてますもんね……」
「強くなるには肉を食うのが一番だからな」
「絶対に違うと思います」
「うるせぇな」
軽口が飛び交う。
そのやり取りは、さっきまでの緊張を嘘のように薄めていく。
「終司先輩、美味しいですか?」
「ああ、美味いよ。ありがとな」
「私のチョイスですからねー」
旭が少し得意げに胸を張る。
「うるせぇ。てめぇらさっさと食え」
ラルスが笑いながら言う。
その声音には、もう刺はない。
くだらないやり取り。
だが、その軽さが、どこか心地よかった。
――明日、クエトの元に行く。
その共通認識だけが、静かにテーブルの上に置かれている。
食堂の時間は、穏やかに、ゆっくりと流れていった。




